前回からの続き(2月3日のこと)です

京都国際マンガミュージアムを出て、御池通り東へ向かいます
烏丸通りの隣は車屋町通り
そこを少し上がって(北上)行きます
すると、静鉄ホテルプレジオンという所の前に石碑が2つ並んであります

石門心学発祥之地
此付近石田梅岩講舎跡

駒札
此付近石田梅岩講舎跡

  この車屋町御池上る豪州付近には、江戸時代、石門心学を説いた石田梅岩の講舎があった。

  丹波国桑田郡東懸村(現在の亀岡市東別院町東掛)に生まれた石田梅岩は、京都に出て呉服屋で奉公した後、享保十四(一七二九)年に講席を開き、聴講料を一切取らず、だれでも自由に聴講できる形で講義を始めた。

  その講義の中で、正直・倹約・勤勉など道徳の中心に人が人として生きる道について、町人が日常的に実践できる形でわかりやすく説いており、そのわかりやすさが多くの町人の心をとらえ、石門心学として広まった。 

  この石田梅岩の教えは、とりわけ商人の間に広まり、三百五十年以上を隔てた今日においても、多くの京都商人の経営理念に取り入れられ、商人の職業道徳の基本となるとともに、現代の人権文化の発展にも大きな影響を与えている。 

  京都市
(原文のまま)

石門心学(せきもんしんがく)発祥之地
  石田梅岩(いしだ ばいがん)先生(1685〜 1744)は、京都の呉服商に勤め、独学で神儒仏を学び、そして小栗了雲(おぐり りょううん)に出会って指導を受けた。
  四十五歳にこの塗師屋町(ぬしやちょう)でだれ でも自由に聴講できる講義を始め、門弟に人と してのあるべき道を教えた。
  彼は受講者の身分、男女、年齢、宗教を向かず、心を知るための修養を生涯現き続けた。 
  彼の弟子が師の教義を「石門心学(せきもんしんがく)」と名付け、全国に百八十あまりの講舎を設立した。
  江戸時代における一大教化機関となり、明治 以降の経済発展に大きな影響を与えた。
  開講290年に当たり、ここに記念碑を建立する。
  京都市
(原文のまま)

石田梅岩については、出生地である亀岡市の道の駅 ガレリア亀岡で展示がしてあります

銅像なんかはJR亀岡駅に展示してありました

この日のことはこれでお仕舞いです
では、またぁ~