前回からの続き(2月3日のこと)です

2階にはマンガミュージアムの館長室があります
そこには館長である荒俣宏氏のパネルがありました
荒俣宏
作家
1947年、東京生まれ
慶応大学卒業後、10年間のサラリーマン生活ののち独立
百科事典の編集助手をしながら書いた小説「帝都物語」がベストセラーになり日本SF大賞受賞
「世界大博物館図鑑」で、サントリー学芸賞受賞
神秘学、博物学、風水等多分野にわたり精力的に執筆活動を続け、その著書、訳書は350冊あまり
(下記、紹介一部抜粋)

中には入れませんが、入り口に解説などあります
  このたび館長を拝命いたしました荒俣宏と申します。 
  漫画を読みつづけて60年あまり、一時は有害図書と誤解され、 また一時は、読めばバカになると揶揄もされた日々を越えて、 漫画がもっともクールな文化メディアの一つと評価され始めた現在を、心より慶賀いたす者でございます。
  が、しかし!
  日本漫画の現在を祝福できても、このおどろくべき「形式」が 日本で生まれ発展できた秘密や、変わっていく漫画に期待される未来を、 気にする人は、まだ多くありません。家族みんなで訪れて、楽しく漫画を読める場所である我がミュージアムが、同時に、漫画文化財の保存と研究に力を入れている理由がそこにあります。
  漫画版もヒットした「図書館戦争」という小説がありましたが、あれほどではないにせよ、漫画は一時ああした現実を体験しました。また、毎日ものすごい量の漫画が世に出て、ゴミの山となって消えていくのも、この新メディアの運命です。 放っておけば消え去る漫画を文化財としてよみがえらせ、これを守る場所であることが最終的な目標でしょう。私もその「こころざし」に 感じ入ったことから、ここで微力を尽くそうと決めました。 
  みんなで楽しく漫画のパワーを探究していきたいです。どうぞ、よろしく!
  荒俣宏拝
(原文のまま)

解説
龍池ゆかりの歴史探訪(9)
貴賓室から館長室へ
  京都でも応接室とは別に貴賓室がある学校は珍しい。過去の記録を調べても 来賓室(貴賓室)について言及されている資料が無いため詳細は不明である。
  ただ、明治9年に岩倉具視左大臣が学校を視察、翌10年には明治天皇の代理として山階宮が視察していることが記録に残っている。多くの視察があったために設置されたものと推測される。現在は館長室として使用されている。
 資料提供:京都市学校歷史博物館
画像アップ
元々は貴賓室として使用されていた所だったようですあんぐり

館長室の前から見た廊下

館長室の前には龍池歴史記念室もあります

中を見るといろんな物や、写真が展示されています

窓枠

中にピント合わすと壁が白いことが分かります

たぶん当時の椅子

写真で当時の学校の様子を知ることが出来ます😊

室内に展示されてる棚など

廊下側の窓枠

記念室を出て、先を行った左側の部屋には、漫画家の手の石膏が展示されてましたあんぐり
貴重なんでしょうが、どれも同じに見えました泣き笑い
こちらは撮影禁止😅

そこを曲がった右手部屋は紙芝居小屋
入り口に開演時間が表示されてます指差し

その入り口先の窓枠

その少し先から振り返る

この紙芝居小屋へはこちらからも入れるようになってました
その辺りは本が読めるように椅子と机が多く置かれてました
人が多かったので、撮ってません

火の鳥のオブジェの前を通って、メインギャラリー
そこは元講堂?

メインギャラリーの床

階段が3箇所あるのですが、こちらは前見たのとまた違ってました


これ3階だったかな?

1階に降りると、元玄関だったとこ(多目的映像ホールの前)へ出ました

1階はこんな曲線を描いてました(*´艸`*)


1階の多目的映像ホール

これはマンガ万博の先にある3つめの階段




この階段はタイル貼り?🤔

手すりは石でしたひらめき


3階の研究閲覧室

3階はかなり小学校の雰囲気が残ってました


これで京都国際マンガミュージアムのことはお仕舞いです
長くなりましたが、最後までお付き合い頂いた方ありがとうございました🙇
この日のことは次回でお仕舞いです
では、またぁ~(* ̄∇ ̄)ノ