前回からの続き(11月12日のこと)です
今回は石碑のことばかりです(^^ゞ
土佐稲荷を後にして、河原町通りを上がって行き、六角通りを西へ向かいます
すぐ次の四差路を右折します
道が直角に折れているその角に石碑があります

山脇東洋解剖碑所在墓地

住所・京都市中京区新京極通三条下る東入(誓願寺墓地入口)
山脇東洋が六角大宮にあった六角牢獄で、宝暦4(1754)年、男の刑死人の解剖を行い、実地について人体構造を観察した
解剖された刑死人の供養碑が、誓願寺の墓地に建てられた
この石標はその供養碑の所在を示すもの
ただ、現在の供養碑は複製で、原碑は京都大学総合博物館に寄附された
(いしぶみデータベース参照)
山脇東洋
1706.2.1〜1762.9.25
京都生まれ
江戸中期の医者
医者の家に生まれる
享保11(1726)年、父の師匠であった山脇玄修(げんしゅう)の養子となる
養祖父・山脇玄心(げんしん)は曲直瀬玄朔(まなせげんさく・初代曲直瀬道三の甥)の弟子
享保13(1728)年、家督を継ぐ
後藤艮山(こんざん)の弟子でもある
宝暦4(1754)年、六角獄舎で解剖
宝暦9(1759)年、その後記録を「蔵志(ぞうし)」として刊行
(朝日日本歴史人物事典参照)
そこから西へ向かい、寺町通りへ行きます
そこの石碑は建物の壁に埋め込まれてました!
Σ(゜Д゜)
そして自転車が置いてあったから探しましたよ🤣

道標で、碑文には天正3年と書いてあるものの疑問があるといしぶみデータベースには書かれていました🤔
次は建築祭の会場となってる場所を確認に行きました
では、またぁ〜(* ̄∇ ̄)ノ


