今回も綾部市のことになります
道路的に言うと、前々回の八幡神社で通った府道486号線を先へ行きます
この道は途中から府道494号線になるようです🤔
その道を走っていると、道沿いに鳥居が見えます
篠田神社

住所・京都府綾部市篠田町宮ノ下6-1
旧社格 村社
延喜式神名帳の丹波国何鹿郡の式内社の阿須々伎神社に比定される神社
御祭神 大国主命
駐車場無いようでした
創建等は不詳
こちらは看板にもあるように、七不思議を巡ったときに訪れました

この時は鳥居が壊れたりして、立入禁止になってたんですけどね😅
解説

志賀の七不思議と「竹の子さん」の縁起
その縁起
今から、およそ、1400年前の崇峻天皇の頃、大和朝廷は、国の中心勢力をかためるため、金丸親王(麻呂子親王)を遣わし、丹波の国々の地方豪族を征伐することになりました。
すさまじい戦いに悪戦苦闘の末、ようやく丹波の国々を平定した金丸親王は、おおいに喜び、これ一重に神仏のおかげによるものと、丹波の国々に七仏薬師如来を納め、国家の安泰を祈りました。また、志賀の里の“藤波”“金宮”“若宮”“諏訪”“白田(後の篠田)”の五つの社を厚く信仰されたということです。
親王の子孫、金里宰相は、この五社の大明神に千日参りをされ、これを記念して、藤波大明神には「藤」金宮大明神には「茗荷」 若宮大明神には「萩」 諏訪大明神には「柿」 白田大明神には「竹」をお手植えされ、国家の安泰と子孫の繁栄を祈願され、このことを大和朝廷に報告されました。この時以来、この志賀の里にはいろいろ不思議な奇瑞があらわれるようになったということです。なお、この五社のほかに、向田の「しずく松」「ゆるぎ松」にも同時にな霊験があらわれ、これらをあわせ「志賀の七不思議」として、今に語りつがれています。
-その奇瑞 篠田神社=白田大明神の「竹の子さん」
毎年、旧暦の正月四日になると、日の出より八時までの間に、神殿裏の「御ミノシベ」と呼ばれる竹林から、竹の子が三本出るのです。これを神前に供え、その竹の子の出る場所、その育ち具合いから、その年の稲作の早稲(ワセ)中稲(ナカテ)晩稲(オクテ)の吉・凶を占うのです。
この神事は、今も、新暦の二月四日に「筍祭祈願祭」として行われ、地元の人からは、“タケノコさん”として親しまれています。
つい最近まで、氏子の人 数人が、三日間籠堂に泊まり。日に三度づつ、氷のように冷たい篠田川の水を浴び、行をとってきましたが、今は取り止めになっています。
是非、一度 節分の日にお詣りください。
志賀郷公民館
(原文のまま)
この金里宰相という麻呂子親王の子孫は、三代に渡りこの地を治め、都へ帰られたと伝わるそうです
(志賀の奥山・パンフ参照)
鳥居建設碑

動画も撮っています
次回はその七不思議のまとめです
では、またぁ〜(* ̄∇ ̄)ノ













