前回からの続きです
(令和元年9月28日のことになります)

本能寺から三条通りを歩いて行きます
この通りは近代建築が多いんです
この時、ちょうどそういう冊子を配っておられました♪
その一部をサラッと紹介したいと思います

1928ビル(旧毎日新聞社京都支局)
住所・中京区三条通御幸町東入弁慶石町
建築年 昭和3(1928)年
設計者 武田五一
京都市登録文化財
(画像がまだあったので追記)


その少し先の右手には弁慶石
住所・中京区三条通麩屋町東入北側

これがその弁慶石

弁慶石の由来
 この石は弁慶が熱愛したと謂われる。弁慶は幼少の頃、三条京極に住み、死後この石は奥州高館の辺にありましたが、発声鳴動して「三条京極に往かむ」といひ、その在所には熱病が蔓延したので土地の人が恐怖し享徳3(1454)年三条京極寺に移し、以来当町を弁慶石町と称するに至りました。
 その後市内誓願寺方丈の庭に移りましたが、明治26(1893)年3月町内有志者により当町に引き取られ、昭和4(1929)年7月11日この場所に建立されたものであります。
(原文のほぼそのまま)

家邊徳時計店
住所・中京区三条通富小路東入中之町
建築年 明治23(1890)年
設計者 不詳
国・登録有形文化財

こちらは三条通り周辺では近代建築の中でも最も古いものということです
現在はテナントビルとなっいるということです

SACRA(旧不動貯金銀行京都支店)
住所・中京区三条通富小路西入中之町
建築年 大正5(1916)年
設計者 日本建築株式会社
国・登録有形文化財


民間により、ほぼそのままの形て保存・活用されている珍しい事例の建物だそうです

日昇別荘
住所・中京区三条通富小路西入る中之町13


江戸時代の糸割符商人・有来新兵衛(うらいしんべい)
その後、呉服商大黒屋・杉浦三郎兵衛私邸に
現在は旅館として営業されています

その先の右手にあったのが勤王志士 西川耕蔵邸址の石碑
西川耕蔵(1823~1865)は、三条通りの本屋に生まれ、梅田雲浜(1815~1859)に学び勤王家となる
元治元(1864)年6月5日池田屋の密議に加わっていたが、新選組の急襲を逃れ、聖護院の寓居に隠れていたところを捕らえられた
慶応元(1865)年斬罪となった
(いしぶみデータベース参照)

今度は左手にこんなモニュメントがありました
なんとここでバスケットボールの歴史が始まったということだそうです
Σ( ゚Д゚)キョウトデ
これには驚きでした!

京王京都三条ビル旧棟(旧日本生命京都支局)
住所・中京区三条通柳馬場西入桝屋町
建築年 大正3(1914)年
設計者 辰野・片岡設計事務所
国・登録有形文化財
こんな所にも辰野金吾の設計がびっくり

(以上、解説は京都の洋館参照)
これらの建物はお店として営業されてるとこが大半なので、中も見ることが出来ると思います
買い物することないのに中まで入る勇気がないから外観だけ見てましたがww🤣
こんな風に三条通りには近代建築が固まって建っていますおねがい
近代建築が好きな方にはお薦めの通りですΣd(・∀・´)
それにそれに混じって食べ物屋さんなんかもあるので、この通りだけでも散策が楽しめるんじゃないか?と思います照れ

ちなみに三条通りのことを
平安京の三条大路にあたる
東は川端通りから西は西土居通東入ル(教宣寺の前)まで
全長約3.6キロ
嵐山の渡月橋付近までも三条通りと言われる
昭和60(1985)年に京都市から「歴史的界隈景観地区」に指定
天正18(1590)年、豊臣秀吉が三条大橋を架橋して東海道の起点(終点)となる
近代には、公共施設、金融機関が集まり、京都の一大ビジネスセンターに変貌

他にもこのような近代建築が市内にはあるので、見ていきたいと思ってます
深掘りはないですがf(^^;
中京区散策続きます
では、またぁ〜(* ̄∇ ̄)ノ