前回からの続きです
次に向かったのは妙心寺
住所・ 京都市右京区花園妙心寺町 64 
今回特別公開していたのは仏殿浴室「明智風呂」でした
拝観券

まずは仏殿(重文)へ

中は特別公開じゃないときは外からも少し見ることは出来ます
文政13(1830)年に再建
ご本尊は釈迦如来坐像
両脇は迦葉尊者(かしょうそんじゃ)と阿難尊者(あなんそんじゃ)となっていました
今回の目玉はやはり明智光秀の位牌じゃないかと!
常は後ろにあった位牌がこの日のために一番前に出されたそうです(笑)
そして伝承もありました
本能寺の変のあと、こちらに訪れて自害しようとしたのを止められたと
そうなると本能寺の変のことがなんで起きたのかと謎が謎を呼びますね

後ろは法堂(重文)
法堂は常に公開されています
ついでに言えば、浴室もセットで公開されているので、今回は仏殿がほんとの特別公開だったと言えます
前に拝観した記事→法堂・浴室
仏殿を正面から

次に向かったのは浴室「明智風呂」(重文)
こちらは撮影オールOK!爆笑
前回は撮影NGだったからラッキーでした!

正面

駒札
天正15(1587)年、明智光秀の叔父にあたる塔頭・太嶺院(廃寺)の密宗(みっそう)和尚によって創建
風呂好きの光秀の菩提を弔うため造られたとか⁉


入ると少し階段があって、室内に更に小部屋があります

その右側は脱衣場

サウナのような形式のお風呂です
当初は1年に1回しか入れませんでした
それがだんだんと一般にも解放されるようになります
その時に看板と鐘で知らされてました
看板はこちらのもので、これは施浴でお寺人のみ
ひっくり返すと、開浴と書かれてあり一般の人も入れたそうです
こちらは昭和2(1927)まで使われていました
浴室の横にある鐘で知らせたそうです
春日局が寄進したものということでした
春日局は、明智光秀の家臣・斎藤利三の娘という繋がりがあります

だんだん入れるようになったときの確かスケジュール表

明智光秀辞世の句

奥はお湯を沸かすとこ

釜があります

風呂の後ろはこんな感じ



ここは上がったときに水を浴びるとこ
浴びる水も2杯とか決まっていたそうです

そして床が少し傾斜していて、真ん中の床柱とこに隙間があり、そこに水が流れるように出来ているということでした!びっくり
そして下に行った水は溝だかで外へと流れると!びっくり
うまく作られているなぁと感心しました照れ

こちらで頂いた御朱印です
次は冬の旅へ行く途中で寄り道します

一昨日昨日の風雨でさすがに桜はだいぶ散ってしまったと思いますショボーン
今年は例年になく精力的に撮っていたので、この散策記事が済んだら桜記事をアップしていきたいと思っています
時期は済んじゃったんですけどねf(^^;
それで少しでも花見をした気分になって頂ければ幸いです照れ
では、またぁ~(* ̄∇ ̄)ノ