前回からの続きです
今度は猿田彦神社から西へ向かいました
マップを見て、気になったとこがあったからです
すると手前に公園があり、石碑が見えたので立ち寄りました
千石荘公園
住所・京都市右京区太秦野元町

解説

典瑞皇太子同妃殿下御台覧記念碑



 「瑞典」はスウェーデンの音訳表記。大正15年9月2日にスウェーデン王国皇太子グスターヴ・アードルフ(Gustaf Adolf 1882~1972)夫妻が来日した。9月24日から27日にかけて京都に滞在し,考古学者であった皇太子は,京都帝国大学教授浜田耕作のすすめで26日に天塚古墳(右京区太秦松本町)を見学した。本碑の碑文によれば天塚古墳見学の途次皇太子夫妻は篠田幸二郎の別荘千石荘で千石船を一見したという。この碑はスウェーデン皇太子夫妻の来臨を記念するものである。
(Wikipediaより)

明治天皇歌碑
明治天皇御製を記した碑で,長栄丸移据の由来(UK111)と同時に建立された。おそらく千石船に縁のある歌として刻まれたものと思われる。
(いしぶみデータベースより)

長栄丸移据の由来
長栄丸は若狭国と北海道との間を定期運航していた千石船であったが,転売されて大正14年に地元の実業家篠田幸二郎の邸内の庭園に移された。昭和14年に庭園と千石船は京都市に寄附され,庭園は児童公園となり,千石船は一般に公開された。なお,戦後になって千石船は老朽化し撤去された。この碑はかつてこの地に置かれていた千石船長栄丸のいわれを記すものである。
(Wikipediaより)

その近くには清水山古墳跡


住所・京都市右京区太秦松本町8−34

 清水山古墳は,全長約60メートル,横穴式石室を持つ前方後円墳。5世紀末~6世紀初頭の首長墓と考えられている。昭和48(1973)年,宅地開発により破壊され消滅した。この石標はその跡を示すものである。
(いしぶみデータベースより)

形としては残ってなくても、歴史に関するものが思わぬところにあるのを改めて感じました
(^o^)

思ってた清水山古墳はもうありませんでしたが、もう1つ古墳が近くにあったのでそちらにも行ってみました
次回はその古墳のこととなります
では、またぁ~(* ̄∇ ̄)ノ