前回からの続きです
(平成28年3月21日の蔵出しです)

圓徳院を出て、ねねの道を東に向かうと高台寺南門通りに当たるので、そこを右へ曲がると左手に山門があります
青龍寺
住所・京都市東山区南町411 八坂鳥居前下ル
そこには法然上人御遺跡六時礼讃根源之地の石碑もあります

駒札
延暦年間(782~805年)に、桓武天皇の勅命により右京区に大宝寺として建てられる
平安遷都とともにここに移ったと云われる
建久3(1192)年、法然の弟子・見仏(けんぶつ)によって、荒廃していたのを再建
法然を招き、念仏道場として引導寺と改める
寛永年間(1624~1643年)、霊厳(れいがん)により青龍寺と改称される
本堂に安置されてる本尊の聖観音像は平安時代の作品
伽羅の木で作られたため、伽羅(きゃら)観音とも呼ばれる
桓武天皇が最澄(伝教大師)に命じて作らせたものと伝わる

本堂の前にある大小2つの石は念仏石と呼ばれるもの
鐘の代わりに叩いて礼讃したから
六時礼讃というのは、昼夜に六回阿弥陀仏を礼讃・讃嘆すること

扉が閉まっていたけどインターフォンを鳴らしたか、ちょうど人が出てこられたかで門の中へ入りました
なんせ3年も前のことだからf(^ー^;

門をくぐるとそこには椿が


お地蔵さま

たぶんこれが念仏石
叩くと金属音がするため、かんかん石とも言われるそうです
(京都大知典参照)

近藤正慎之碑
どんな人物か調べてみたら
西郷隆盛と親交のあった月照の兄弟僧
尊攘運動に身を投じる
安政の大獄に連座して捕縛され、六角獄舎にて月照の行方を尋問されるも自害
なんと曾孫は俳優の近藤正臣Σ( ゚Д゚)
子孫は代々、清水寺境内の休憩所・舌切茶屋を営まれるそうです
(ウィキペディア参照)
なんで舌切茶屋なのかと言ったら、近藤正慎の自害の仕方が舌を噛みきったから(^^;
すごいブラックジョークだなぁσ( ̄∇ ̄;)

本堂
話を聞いてたら、彼岸のときは本堂が開いてるということをこの時は言われていました




これは木の化石だと言われてました
庭園はそんな広くなく、こじんまりしたお寺です

こちらで頂いた御朱印です
こちらは洛陽観音霊場

こちらは圓光大師京都25ヶ所霊場ですが、もしかしたら印が違っているかもしれません
ちなみに圓光大師京都霊場では25番札所となります
そしてこの時は御詠歌のことを聞いたらされていないということを言っておられまた
現在は分からないので、ご確認ください(..)

高台寺周辺散策は続きます
では、またぁ~(* ̄∇ ̄)ノ