前回からの続きです
次は御白河天皇陵の隣にある法住寺へ来ました

山門と寺号標
その手前には

親鸞上人の木像があることが書いてある石碑があります
手前の看板にも、そば喰いの像というようなことが書かれてあり、蕎麦を食べる像なんて!?
と思って聞いたら、そばといってもそばがきのことだそうだとか
それにさすがにそばを食べられてる姿の木像ではないようです(笑)
山門をくぐると、左手に

お堂
右手が本堂へつながってます

真ん中に木が繁ってますので、まずは右手から

六地蔵さまや、その横には

お地蔵さま
その横が竜宮門

これは表通りから見たとこ
その門の前には

法住寺殿跡の石碑と

旧御陵正門の石碑
法住寺というのは、由緒書きによると
989(永作元)年、藤原為光が息女と夫人の菩提をともらうために創建
次にそこに御白河天上皇が1161(応保元)年、院の御所を造営されたんだそうです
そのとき建てられた中に三十三間堂(蓮華王院)も含まれてるわけです
(由緒書き参照)
竜宮門の先には

小さな祠がありました
竜宮門の前は本堂

木が繁ってる左を行くと、こんな光景

本堂内は撮影禁止
御朱印は中で頂くことになります
ご本尊は身代不動明王
御白河上皇の念持仏だそうです
そして本堂の横には、赤穂浪士の四十七士の木像があるそうです
由緒書きによると、大石内蔵助が山科に隠棲中、身代不動明王さまに大願成就を祈願したんだとか
こちらは拝観料を納めて見ることが出来るようです
ちなみに「サザエさん」の作者、長谷川町子さんの菩提寺でもあるそうです
(由緒書き参照)
本堂から庭園を望む

こちらは関係する方たちの御朱印がありました

ご本尊 身代不動明王

御白河院

南無阿弥陀仏(親鸞上人)

忠臣蔵

御詠歌
の5種類となります
うち御詠歌のみ書き置きとなります
ちなみに、こちらオリジナルの御朱印帳もありました!
身代不動明王が表紙となってます
それに御朱印帳には限定の御朱印も書かれてましたが、値段が2500円
博物館でもいい買い物してたんで、今回は断念しました
(´▽`;)ゞ
由緒書き

これで6日の国宝展見学に伴うプチ散策はお仕舞いです
次回はプチプチ南丹市散策で、それ以降は蔵出しへと突入となります
では、またぁ~(o・・o)/~
次は御白河天皇陵の隣にある法住寺へ来ました

山門と寺号標
その手前には

親鸞上人の木像があることが書いてある石碑があります
手前の看板にも、そば喰いの像というようなことが書かれてあり、蕎麦を食べる像なんて!?
と思って聞いたら、そばといってもそばがきのことだそうだとか
それにさすがにそばを食べられてる姿の木像ではないようです(笑)
山門をくぐると、左手に

お堂
右手が本堂へつながってます

真ん中に木が繁ってますので、まずは右手から

六地蔵さまや、その横には

お地蔵さま
その横が竜宮門

これは表通りから見たとこ
その門の前には

法住寺殿跡の石碑と

旧御陵正門の石碑
法住寺というのは、由緒書きによると
989(永作元)年、藤原為光が息女と夫人の菩提をともらうために創建
次にそこに御白河天上皇が1161(応保元)年、院の御所を造営されたんだそうです
そのとき建てられた中に三十三間堂(蓮華王院)も含まれてるわけです
(由緒書き参照)
竜宮門の先には

小さな祠がありました
竜宮門の前は本堂

木が繁ってる左を行くと、こんな光景

本堂内は撮影禁止
御朱印は中で頂くことになります
ご本尊は身代不動明王
御白河上皇の念持仏だそうです
そして本堂の横には、赤穂浪士の四十七士の木像があるそうです
由緒書きによると、大石内蔵助が山科に隠棲中、身代不動明王さまに大願成就を祈願したんだとか
こちらは拝観料を納めて見ることが出来るようです
ちなみに「サザエさん」の作者、長谷川町子さんの菩提寺でもあるそうです
(由緒書き参照)
本堂から庭園を望む

こちらは関係する方たちの御朱印がありました

ご本尊 身代不動明王

御白河院

南無阿弥陀仏(親鸞上人)

忠臣蔵

御詠歌
の5種類となります
うち御詠歌のみ書き置きとなります
ちなみに、こちらオリジナルの御朱印帳もありました!
身代不動明王が表紙となってます
それに御朱印帳には限定の御朱印も書かれてましたが、値段が2500円
博物館でもいい買い物してたんで、今回は断念しました
(´▽`;)ゞ
由緒書き

これで6日の国宝展見学に伴うプチ散策はお仕舞いです
次回はプチプチ南丹市散策で、それ以降は蔵出しへと突入となります
では、またぁ~(o・・o)/~