実はこの日の朝3時半に目が覚めて、雲海を見るために黒井城跡に登ってみようかと思って密かに出ようとしていたんです
すると嫁さんに見つかってしまい、これからは特に熊避けも無しに行くのは危ないと止められたため断念していたんです(^^;
その熊避けをお義母はんが昔使っていたのがあったので、朝起きてその話しを聞くとくれました
それがこれです(* ̄∇ ̄)ノ ハイ

そう、ただの鈴です
熊避けは、何か音がしたらいいのでこういう鈴やラジオなんかかけたりするのがいいようです(o^-')b !
これでこれからの山城登りも安心です♪(´∇`)
と思ってたのに、早速使える今回の城攻めには持参するの忘れてました
( ̄▽ ̄;)ダメヤン

そんな出来事があった日の城攻めは、いつものように玉雲寺の近くにある「須智城跡」の登り口を探すとこから始まりました
玉雲寺の前に空き地のような駐車場があり、そこにこんな看板がありました

ここには須智城跡ではなく「市森城」と書いてあるのがそれのようです
これは市森というとこにあるからだと思います
それと「須知城跡」と「週刊 日本の城」にはなってますが、「京都府の歴史散歩」には須智氏の居城だったということが書いてあるので記事はこちらの表記にしました

車をここに停めたのですが、肝心の登り口が分からずウロウロ
すると駐車場の前の道の先にこんな石の表示が

そこには石のベンチもありました

この近くに登り口があるのかと思ってたら、なになにもっと先でした!
(°Д°)エー
これが分かるのにかなり時間がかかりましたよ(^^;
その石のベンチから更に歩いていくと右手にイノシシを捕る仕掛けがあり

次は左手に、またベンチがありました

その先にやっと登り口の看板がありましたよ

駐車場からどれくらい離れてるかというと

これくらいです(^_^;)
こりゃ、すぐに分からんって( ̄▽ ̄;)
略図だと、こんな感じです

それに市森城となっているので、登りだしても半信半疑で登りだしました
道は

始めは木の階段なんかありました
そこを登ると左手が木が伐採されてますが、右手に行きます
するとしばらくは山の稜線を歩く感じです

そして山道に

なんせ看板らしいものは、登り口までのあの2つだけなんで勘で登ってます(;^_^A
こんな山城攻めも初めてで、不安一杯の登山です
たまに目印に赤いテープが巻いてあるので、初めて行かれる方はそれを目印にしてください

その目印も上がる時は分からなかったので、道を外れたりしながらやっと石垣を見つけました!(σ≧▽≦)σ アッター

近付くと、その先にも!!

なんと二段になってました
その二段目が「本丸」で、木の看板もありましたよ

これだけでしたが( ̄▽ ̄;)
こんなに城の部分に案内板がないとこも初めてです
おまけに石垣が残ってる城跡なのに(^^;
本丸からは、下の景色も見えました

「京都縦貫道」の建設中の様子が見えます
その本丸の登ってきたのと反対側に「土塁」らしくなっていて

その下を見ると石垣のような感じなので下りてみると…







あっ!ここにも石垣
え~~~(゜ロ゜;ノ)ノ
こんな石垣がありましたよ!

高さが一番高いとこで3~4mくらいあります(@_@;)
それがなんと4面あったんですよ



山城攻めてて、こんな立派な石垣見たの初めてで感動して興奮してしまいましたよ!
((o(^∇^)o))
その先には堀切みたいになっていて

その先にも曲輪みたいなのがありました

本丸の方に戻り、よく見ると

写メでは分かりにくいですが、本によると枡形の原型というのがありました!
この石垣の辺りは興味深いものがあります!

二段目が二の丸としてその先にも曲輪が2つ

その先を進んでいくと、また少し高くなった曲輪のようなものがあり

その先も曲輪のようになっていて

そこが山頂部の最後でした
ここに階段があったので下りていくと、また曲輪のようなものがありました
この山頂部の様子を略図にするとこんな感じです

かなりの規模の城跡だったことが分かります(゜ロ゜)
それにあの石垣は必見です!
ただ登り道が分かりにくいので、登る際には注意してください( ̄▽ ̄;)
それとこないだニュースで見たのですが、ツツガムシ病が流行っていたりするようなので山に登る際には当たり前ですが長袖がいいです
_<)
ちなみそれはダニから発病するらしいです
詳しくは矢口高雄氏の漫画にも載ってます



そして、今回の城の遠景です

週刊 日本の城の県別古城址一覧では116になります

追記
高速道路側(市森方面)からの遠景も追加しておきます(令和2年5月23日撮影)



次回は「祥雲寺天足堂」です
では、またぁ~
(o・・o)/~