前回からの続き(11月8日のこと)です
鴨沂会館を出て、西へ向かうと鴨沂高校のグラウンドのフェンスがあり、その一部が凹んで石碑があります
法成寺跡(ほうじょうじあと)

住所・京都市上京区荒神町
石碑

解説板

源氏物語ゆかりの地
法成寺跡
寛仁3年(1019)、出家した藤原道長は自邸、土御門殿と東京極大路をはさんだ東で、鴨川の西に九体阿弥陀堂の建立を発願し、翌年に落慶供養、以降10年ほどかけて金堂・薬師堂・釈迦堂・五重塔など壮麗無比な諸堂が出現した。平安京外の東一帯に位置することから、「北東院」とも呼ばれ、鴨川から臨むその姿は宇治川から見える平等院のモデルともいわれている。度重なる火災や地震に遭い、そのつど再建されてきたが、一四世紀前半にはかなりすたれ(『徒然草』)、残っていた無量寿院(阿弥陀堂)の炎上をもって消滅した。
ここには寺跡を示す「従是東北法成寺址」の石碑がある。発掘調査では法成寺跡の遺構は見つかっていないが、鴨沂高校や京都御苑内から平安時代中期の緑釉瓦が出土している。
平成20年3月京都市
(原文のまま)
画像アップで

大河ドラマ「光る君へ」では、そこまでのことは描かれていませんでしたが…
道長と言えば、やはりこちら
(大河ドラマ「光る君へ」Xより)以前、京都市歴史資料館で「光る君へ」に関連した展覧会をされていた時、法成寺のことも展示されていました
(「紫式部の平安京」京都市考古資料館より)
こんな感じのお寺だったようです![]()
詳細は、こちらの記事で
これでこの日訪れたとこはお仕舞いです
そして去年訪れたモダン建築祭も終わりです
次回からは紅葉のこととなります
では、またぁ~(* ̄∇ ̄)ノ


