私事で恐縮ですが、先日、母が静かに旅立ちました。

昨年から、想定外の出来事が立て続けにありました。

母は晴耕雨読タイプで、お家が大好きだったので、自宅介護・看護に決めて、病が見つかってか手術をしてからはは1年3ヶ月ほど、自宅にて穏やかな日々を過ごす事ができました。

父の毎日の懸命なサポート、弟の仕事の調整と諸々の管理あってこそ成り立ったものでした。

私は、どうやりくりしても月に数日行くのが精一杯で、やれる事は料理を作ったり、話し相手になったり程度。

大した事はできませんでしたが、


「もとこが来てくれたら安心する!」

「座ってるだけで娘の手料理が並ぶなんて、夢みたい!」という嬉しい言葉を貰いました。


訪問看護やリハビリ、往診の先生、ケアマネさん含め、本当にお世話になりました。

おかげさまで、とても心強かったです。


私は今の仕事をしているのは、間違いなく、手芸と園芸が大好きだった母の影響です。

私とは性格も違って、学生の頃はぶつかることも有りましたが、自分も大人になって母になって、どれだけ愛情深く育ててもらったかを実感しました。

今のアトリエの前身となるお店を神戸に構えたときも、後年出産で体力が追いつかない育児も、ものすごく助けてもらいました。


明日8月5日は、母の誕生日です。

直接おめでとうは言えなくなってしまいましたが、心で毎日「ありがとう」を繰り返す日々です。


母の法名には「蓮」が入っていました。

近所の池の蓮が今年もきれいに咲いていました。


お休みが不定期なお休みや、臨時休業があったのは、こういった家庭の事情でした。


実家は関西のため、まだ当面色々と有りますので、生徒様にお客様にはご理解ご協力賜りますよう、謹んでお願い申し上げます。


昨年、母を想って作った クイリング作品

「母の庭」

病が判明したあと、こぼれ種で3m20cmまで伸びた力強い向日葵に勇気づけられました。




種が多くて大変!と言いながら、ブラックベリーのジャムを煮詰めていたことも思い出すし、玄関先やトイレに、ささっと詰んだ花を小瓶にいけることを欠かさなかったことも思い出します。


私も真似して、最期の日、ルドベキアタカオ、ミント、ローズマリーを庭から摘んで、母のベッド横にいけました。


長くなってしまいました。

小さい頃からこの世で1番怖い事は、母を失う事でした。今、喪失感や深い悲しみは簡単に癒えるものではありませんが、不思議と「失ったわけじゃない」と思えるのです。

母の教え、思い出、どれも私の中にしっかり有ります。


3月のNHKすてきにハンドメイドの出演も、母と観れて良かったな。


というわけで、しんみりしちゃいましたが、ご報告でした。


プライベートな日記に、お付き合いいただきありがとうございました。

毎日を大切に、なるべく笑って過ごしたいと思います。


なかたにもとこ

MotokoMaggieNakatani