あの日から もう1年と7ヶ月…
未だに毎朝 目覚めと共に激しい後悔が押し寄せてきます
未だに新しい後悔も次々に沸き起こります
今朝も目覚めと共に脳腫瘍の闘病の末 亡くなったワンコ君のblogを読んでいて…
また自分の重大な失敗と愚かさに気がつき、打ちのめされました
そのワンコ君は13才半のシニア犬の為、手術はせずに痙攣止めの薬と座薬の投薬治療中
末期は殆ど寝たきりながらも首を起こして上げれば自分でお水もガブガブのんで、おにぎりもパクり
そんな日々を過ごしながら家族に見守られ飼い主さんに看取られ大好きなお家で旅立ちま
した
白子も13才になった3月末、初めて痙攣が起こり、夜中も受け付けてくれるはずの掛かり付けの病院に電話しても繋がらず、そのうち痙攣が治まり何事もなかったのように…
翌日から痙攣止めの薬の投与がはじまり、何事もなく1ヶ月が過ぎ、5月にはイカオと修善寺 「しぶごえ絆」に泊まり、母と「ウブドの森」に泊まり、「フジプレミアムリゾートにも泊まり」…テニスも芝桜のお散歩もし
元気に何事もなく過ごしました。私は引っ越しのバイトも始め、白子を留守番させる事も心配なく過ごしていました。
その後てんかんが月1,2と増えていきましたが、それでも数分で元の白子に…
段々てんかんの間隔が短くなり、先生は少しずつ薬を増やしました。掛かり付けの先生は脳腫瘍だとわかっていたのかもしれませんが、私はその頃から原因を知りたくて毎晩検索していました。薬を増やすと散歩中に後ろ足に力が入らなくなって座り込んだりする事があり、薬の副作用?とか
今思えば、掛かり付けの先生は緩和治療で少しずつお薬を増やして、という方針だったのだと…
それなのに私は心配のあまり、近くに24時間受け付けている病院にセカンドオピニオンと思い連れていき、CTで直ぐに脳腫瘍とわかり手術を提案されました。
シニアの麻酔のリスクが凄く怖くて、ちょうどシルバーウィーク中で毎晩寝ずに調べました。
心臓の検索の結果を聞きに行くと、「内臓が丈夫なうちに、手術で腫瘍を取り除けば、希望ある1年になると思います」と先生に言われ、「この子の腫瘍は取りやすいところにあるし、一週間もすればピョコピョコ歩いて退院出来るんじゃないかな…」と明るく言う先生。「そうなんだ~」と安心して私もイカオも手術を即決しました。でも先生は嬉しそうに「今決めないで下さい」と。やはり家に帰ると魔法から覚めたように白子を手放すのが嫌で悩みました。本当に大丈夫なのか不安で2,3度病院を訪ねて先生に不安をぶつけました。でも先生の話を聞いていると不思議と手術の不安はなくなりました。
手術一週間前のMRIの検査で、白子は麻酔の気管チューブの炎症で咳がとまらなくなり、3日間寝ることも出来ず、そんな白子が可愛そうでで怖くなって手術の延期をお願いに行きました。
声も出なくなった事と咳で眠れていないことを先生に話すと「喉と肺と心臓の検査をしてみますので三時間預からして下さい」と。白子、こんな辛い時に又検査…
イカオと近くでお昼を食べながら、「白子怖がっているだろうな…」と悲しい気持ちになりました。
三時間後病院に戻ると「喉に異常も見つからないし肺炎もないです。延期するのは構いませんが、その間に臓器が悪くなったら手術できませんよ、延期すると又MRIからやり直しですよ」と…
MRIで何度も麻酔のリスクを追わせる事は出来ない…と思い再度心配を抱えながら決断しました…それでも家に帰ると心配になって泣いていました。
てんかんも急に頻繁になりました。やはり手術した方がいいんだって思いました
白子が死んで暫くして
手術前に急にてんかんが頻繁になったのは、今まで飲んでいた、てんかん止めの薬を手術するから飲ませなくて良いと言われ、そのせいで、てんかんが酷くなっていたことに気がつきました。
今まで薬でおさえていたのに急に止めたら酷くなるの当然なのに…何故気がつかなかったのだろう…本当に私は何でも言われるままに、鵜呑みにして、本当にバカな親…
白子は手術後、目も見えなくなり、起きあがることも寝返りをうつ事も出来なくなってしまいました…
手術10日目、オシッコが出なくなったので、もう助けてあげられないと言われ、私は床に寝かされている白子に覆い被さり「白子、家に帰りたいねって泣きました」
院長は私に「どのタイミングで家に返してあげようか考えてました。このまま此処にいても夜は誰もいないので連れて帰りますか?」と言われ
ぐでんぐでんになってしまった白子を抱き抱え家に連れて返りました。
家について、白子を白子の布団に寝かせてあげました。病院では冷たく硬い地べたにペットシーツ一枚敷かれ、寝かされていました。
暫くすると、尿道に入れられたザクザクに縫いつけられたカテーテルからオシッコが流れだしました。
先生に電話すると、それならば大丈夫、点滴しないと脱水になってしまうので朝10時に連れて来て下さい、裏口を開けますので着いたら電話して下さいと言われました。
良かったと思いながらも、なんであんなに元気だった白子が こんな姿になってしまったんだろう…動く事も出来なくなってしまった白子を時折寝返りさせながら、見えない目を開けたまま寝ることも出来ないでいる白子の荒い息使いを聞きながら…どうして…どうして…と
それでも生きて帰ってくれてありがとう、頑張ってくれてありがとうと…
やっと、お家に帰れたね…お布団に寝れたね…って
朝まで過ごしました。
白子を抱き抱えて、ららぽーとの開店と同時に開く病院に連れて行くと、院長が車まで来てくれ白子を抱き抱えて連れていき、直ぐに点滴してくれました。
約束の夜7時に迎えに行くとフードも沢山食べたと言われ肝臓の手術を勧められ決断を急いで下さいと言われました。
夫に相談するからと言って肝臓のCT画像を貰ってきました。白子の肝臓腫瘍は入院前の2倍以上になっていました…薬とストレスで悪化してしまったんだと思いました
そして翌日、白子の最後になってしまった日、
前日してくれたように私は病院でお水もフードも与えてくれると思っていました、
その日も息が荒く眠る事も出来ていない白子、10月なのに、この日に限って夏のような気温
朝、白子にお水をあげてみようと思い、金属のカレースプーンで水を口元に持っていくと、白子はスプーンを噛んで舌まで噛んで出血してしまい、それで自分で与える事を諦めてしまいました。
でも…今朝在宅看護していた飼い主さんのblogを読んでいると、飼い主さんはスポイトで毎日水を飲ませていました…
それを読んで愕然としました。白子は噛みつく力があったのだから、お水をいれたお椀を口元に近ずけたら飲めたはず…
フードも自分で食べられたんだと…
そんな事にも気がつかず、しかも今朝気がついた…
ツナ缶もアイスも口の近くに持っていったら、動けないでいたはずの身体なのに、鼻先をグイっと近かずけて舌を伸ばした…
スプーンではなくお皿にいれて、フセの姿勢にしてあげたら自分で食べれたはず…お水も舌で飲めたはず…
どうして、直ぐ諦めたの!
考えつかなかったの!
前々日、病院で「自分からフードを食べてくれました」って言われたじゃない!
白子は目も見えなくなってしまって身体も動けなくなってしまっていたけど、食べようと必死で顔を動かしたじゃない!
舌を伸ばしたじゃない!
早く病院に連れて行ってお水をあけなければ…
そんなふうに思ってしまった…
一晩中ハアハアと荒い息使いで眠れずに過ごした白子は喉が相当渇いていたはず…
前日白子を連れて帰る時、院長に「お水をあげたほうが良いですか」と訪ねると、誤飲するといけないのでフセの体制ができたらあげて下さい」と
だから横たわったまま動けなくなってしまった白子をフセの体制にして首の下にバスタオルを重ねて…でスプーンで…
スプーンじゃなかったんだよ、そのまま自分で飲めたんだよ、なめる事だって出来たんだよ!
何で私はそれに気がつかなかったんだよ!
あんなにお水飲みたがっていたのに、喉がからからだったのに!
早く病院に連れていってお水を飲ませてあげなきゃって急いで支度して、その時 白子が「クーン」と私を呼んだ、お水ほしかったんだね、お腹も空いてたね、ごめんね、ごめんね、
ぐでんぐでんになってしまった白子を抱き抱え、「白子、また夜にお家に帰れるからね、おばさん達が迎えに行くからね」って言って車に乗せた…
この日も昨日と同じようにしてくれると思って裏口に停めて電話すると、駐車場に停めて店の入り口から連れて来て下さいと…
ららぽーとの駐車場から店舗までは距離があり、1人で白子を抱えて車をしめるのすら難しい、尿道には管が差し込まれザクザクに縫われて宙ぶらりんになっていて痛々しい
やっとの思い出店舗内の病院へたどり着くと、待合室の先着の患者さんに、看護士さんが対応していた。こちらに気がついたようなので、少し待っていましたが長く聞き取りをしていて、白子の首の下がった状態が限界で、仕方なく看護士さんの邪魔をしないように診察室の扉を開けて奥にいた先生の所まで入って行きました。先生は急に入ってきた私に驚いていましたが白子を抱き抱えてゲージいれました、昨日の院長のように直ぐに点滴をしてくれることもなく何時に迎えに来ますかと聞かれ、外来に行ってしまいました…
その先生は白子を放置した先生でした
嫌な予感がしました…
その日も先生1人、看護士1人
待合室には次々と患者さんが来ていました。
対応に追われている看護士さんに一礼すると、キリッと睨まれました。
後から思うに、断りもなしに勝手入っていったことに腹を立てていたのでしょう…
私がそんな事をしなければお水を与えてくれたかも知れない…
なんでお水を飲ませてもらうのを見届けなかったんだろう…待合室で待って診察室でお水をあげてくれるのを見届けなかったんだろう…
白子ごめんね…置いて来ちゃってごめんね
数時間後、ちょうど診察時間の休憩中の時間…
熱が上がって白子が死んだと連絡がありました…
お水は飲ませてくれましたか!と聞くと
お水を与えたが飲まなかったと…
嘘だよ、飲みたがってたんだよ…
脱水のまま何時間も放置されて、力尽きて死んでしまってたんだよ…
ご飯も食べたがってたんだよ…
段ボールに入れられた白子を抱えて車にのせ、運転しながら白子の名前を叫けんだよ、何度も叫んだよ
それから私はおかしくなった…涙も出なくなった
状況がわからなくなった
完全に壊れました
家に着いて、いつもの場所でいつもの布団に寝かし、白子が可愛い顔で、まるで笑みを浮かべてるかのようで…
息が楽になって、いつものようにすやすや寝てるんだって思ってた
暫く休んで元気になったら又、海に行こうね
そんな風にも思った。
母もそう思っていた「もう一度元気になれば、もう大丈夫」って
変な事言った…
「何言ってるの、白子、死んでるんだよ」
って私は言った
二人とも壊れた…
手術前に院長が「この子の腫瘍は取りやすいところにあるから一週間もすればピョコピョコ歩いて退院出来るんじゃないかな」
っていう言葉が、どうしても頭から離れない…
手術から一週間、衰弱し放置されたままの白子をみて、先生に白子はご飯食べられているのですか?と聞くと肺炎にかかっているので誤飲してはいけないので与えていませんと言われ、お水も食べ物も貰えないまましかも蓋のように被さっている頭の骨も繋がらないまま…ザクザクに針金で縫われている頭皮もくっつかないまま息をする度骨が浮く状態、痛かったね…白子…
凄く痛かったね…
そんな過酷な入院一週間に耐え、やっとプーケットから帰ってきた院長がフードを食べさせ、私は「ご飯が食べられるようになったから峠は越えた」ってほっとした…食べられるようになったと言うより本当は手術2日後には食べられていたはず、食べさせてくれなかっただけ…
見舞いに行くと鼻先を私や母に向けて口をパクパクさせていた。飲みたかったんだね、食べたかったんだね…
手術後より日に日に衰弱していく白子…フードさえ与えて貰っていれば…
白子は肥っていたし何とか一週間頑張れたけど、低血糖で身体を動かすことも出来なくなっていました
脳腫瘍だから、いずれ目が見えなくなるかもしれないし立てなくなるかもしれない、痙攣で窒息して死んでしまうかもしれない。
でも、まだ元気だった白子に、故意に痛みを与え、手術後麻酔が切れたまま気がつかれずキャンキャンと叫んで鼻から血を流し床をのたうち回る白子、その悲惨な姿が忘れられない…お家にいさせてあげる事も、あれだけくっついて離れなかった白子を病院で苦しませて放置してしまった事
お水もご飯もあげられなかった、あげなかった事
手術当日まで幸せそうにしていたのに…
手術前検査で、何でもなかった脾臓も膵臓も手術後の入院中に全部駄目になり、心臓は不整脈を起こしているといわれ、肺炎にもなってしまいました。
私は頑張って生きようとしていた白子を故意に苦しめ死に追いやってしまった事、お水を与えず死んでしまった事、どんなにお水がほしかった事か…苦しかった事か…お腹空いてた事か…
自分がしてしまった事をどうやって納得したら良いのか
未だにわかりません。
時が経っても忘れる事が出来ません
自分を許す事が出来ません
手術の当日まで一時間半もお散歩して普通に歩いて、食欲も旺盛でてんかん以外は普通の白子、その日のお散歩がまさか最後になるなんて考えられませんでした。
自信満々に明るく言った先生、それでも万が一があるとは思っていました。万が一と思える程自信満々でした。だから手術をしない選択をしていても後悔していたと思います。でも、てんかん止めの薬もマックスではなかったし、元気にしていた…
白子は嫌がっていた…白子は私から離れる事が一番の恐怖だった…私も白子と離れる事が一番嫌だった、だから、ずっと一緒だった。
こんな事言う自分も嫌い、全部自分が悪いってバカだったって わかっています…
私が白子を苦しめて死なせてしまった
どうしたら 、今さら仕方ないって、たかが犬の事だって、諦める事が出来るんだろう
白子がいた時は週末が来るのが楽しみだった…
今の私は休みの日はこんな事ばかり考えてしまう
今の私と同じように
我が子同然に可愛がっていたペットちゃんを亡くした方のblogや
以前の私と同じように
我が子同然に可愛がって楽しく毎日をペットちゃんと過ごしている方のblog
そんな中で知った言葉
月命日…
うちの子記念日…
死にかたじゃない、どう生きたかって…
本当にバカなお母さんだったけど、白子、私も白子も幸せだったよね





