小さい頃
父が仕事で遅いと
「寂しいね」って言い
家に遊びに来た親戚が帰った後
普段はしないのに
母親の手を握っていたらしい
中学生頃から
他人の視線を怖く感じるようになり
外で一人で食事なんて絶対できない人だった
それでも
家庭内だけでもいろんなことがあって
20歳で就職して以降は
“寂しい””悲しい””できない”
なんて言うどころか
“寂しくても”悲しくても”できなくても”
必要ならば
『やるしかない』状況を生きてきた
まさか
“結婚しないで一人で生きられる”
なんて思わなかった
“絶対無理、できない”って思っていた
でも不思議
その”絶対無理””できない”
って思っていたことが
今 できちゃっている
きっと言霊として
その2つは強いワードだろう
それなのにどうして
『できているのか??』
それは
『まもられている』から
どんなに努力しても
どんなに苦労しても
報われない時がある
それでも
『今 生きていられる』のは
『生かされている』から
これは全ての人に共通すること
今 目の前の”辛いこと””面倒なこと”は
『いつかいい日のため』の出来事なのだ
どうしていいかわからない時も
きっと
『なんとかなる』
寂しくてたまらない時も
きっと
『まもられている』
だって
どんなに大変でも
どんなに苦しくても
今
なんとか生きられているんだもの
とりあえず
声に出して言ってみるといい
『きっとだいじょうぶ』だよって
