今日は、私の生い立ち記事はお休みして、発達障害の支援について私の思うことを書いてみたいと思います。

ここ数日、発達障害のお子さんをお持ちの何人かのブロガーさんが支援について書かれている記事を拝見して、支援とは何なのか、何のために支援をするのか、私も1人の当事者兼保護者としてずっと考えていました。

 

私は今32歳です。30歳で診断を受けたので、特に何の支援も受けることなく生活してきました。

小、中学校時代は特に大きな問題もなく過ごしましたが、高校2年生でパニック障害を発病、高校、短大はストレートに卒業したものの、短大頃から生活が荒れ始めたのは、これまで記事にも書いてきた通りです。

生活が荒れていた頃は、何度も母を泣かせました。

私が自殺未遂をした時、救急治療室で号泣して私の体にしがみつく母の姿は今も目に焼き付いています。

ある時には、母は、「産んでごめんね。私が産みさえしなければ、あなたをこんなに苦しませることはなかった。産んだことも、私の子育ても、何もかも全てが間違いだった」と私の目の前で泣き崩れたこともありました。

当時は私も追い詰められていましたが、母も、荒れる我が子を止められず、救うことのできない現実に絶望し、追い詰められていたのです。

 

あの日々から、もう10年が経ちました。

息子は4歳半の時に自閉症スペクトラムの診断を受け、私は保護者として支援の方法を学んできました。

私が息子への支援を考える上で一番大事にしているのは、自己認知支援、つまり自分を知ることです。

いつの日か、息子が自分の支援者となって、自分の生活を工夫できるようになってほしいとの思いがあります。

息子に、小学校入学前に半年かけて障害告知をしたのも、この「自分で自分を支援できるようになってほしい」との思いが根底にあります。(告知の実際の様子については、また別の機会にご紹介させて頂きます。)

 

息子は最近、「なんでお母さんに分からない匂いが、僕には分かるの?(私は感覚鈍麻、息子は過敏です)」、「どうして僕は運動が苦手なの?」と、発達障害の特性を説明しなければならない場面が増えてきました。

以下にご紹介するのは、「僕は学校で先生の話を聞こうと思っても、すぐに違うことを考えたりして聞いていないことがあるんだ。お母さんは僕のことを真面目だって言うけど、僕はちっとも話を聞いていないし真面目じゃないんだよ」と言う息子に、障害の特性を説明するために作った文章の一部です。

私は息子用に絵本を作る時は、息子に見せる前に主治医のチェックを受け、OKを頂いてから息子に見せているのですが、今回ご紹介するものは先週書き上げたばかりで、まだ主治医の最終チェックを受けていません。

文章に不適切な箇所、間違いなどあるかもしれませんが、作成途中のものであることをご了承ください。


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「言葉」


私、自閉症です。

言葉には、耳で聞く言葉と、目で見る言葉があります。

 

耳で聞く言葉のことを、聴覚言語といいます。

たとえば、口でお話をする時の言葉は、耳で聞く言葉(聴覚言語)です。

耳で聞く言葉は、言葉がすぐに消えていきます。

 

目で見る言葉のことを、視覚言語といいます。

たとえば、本に書いてある文字は、目で見る言葉(視覚言語)です。

目で見る言葉は、ケシゴムでけしたり、紙を捨てたりするまでは、言葉はきえません。


私、自閉症です。

自閉症を持っている人は、耳で聞く言葉(聴覚言語)よりも、目で見る言葉(視覚言語)の方が得意であることが多いです。

 

○○くんには、言葉のすばらしい長所があります。
・ダジャレが上手

・ものまねが上手

・気に入った言葉をおぼえるのがとくい

・言葉をたくさん知っている

・知らない言葉を見つけると、そのいみを知りたいとおもう


私、自閉症です。

自閉症を持っている人は、ときどき、耳で聞く言葉(聴覚言語)に苦労することがあります。

お話を聞いているときに、あいての言っていることが分からなくなったり、何の話をしているのか忘れてしまったりすることがあります。

 

自分に言われたことが分からないときは、あいてを見て、「すみませんが、もう1回言ってくれますか?よく分かりませんでした」と言ってみても良いのです。

その人は、もう1回言ってくれるでしょう。これでもう1回、聞くことができます。

 

もし、先生がたくさんの生徒にお話をしているときに、分からないことがあったら、手をあげて、先生に名前をよばれるまでまつようにします。

先生に名前をよばれたら、分からないところをしつもんすることができます。

 

(3ページ目の文章は、一部 『ソーシャルストーリーブック』を引用させて頂いています)

 

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聴覚言語の聞き取りが困難であることは、息子の特性の一つです。

私も、学生時代は、「ちゃんと話を聞きなさい」とよく怒られていました(関連記事はコチラ )。

息子の通う小学校では、担任の先生が息子の特性を理解して下さっているので、配慮をして頂いています。

それはとてもありがたいことであり、障害を持つ息子にとって、とても大切な支援です。

しかしながら、世の中の全ての人が、発達障害のための視覚支援を提供してくれるわけではありません。

息子には、聴覚言語の聞き取りの困難は特性の1つであることを知った上で、支援を受けつつ、自分はどんな工夫ができるのか、困難への対処方法を知って、それを実践するスキルを身に付けてほしいと思っています。

3ページ目の対処方法については、それぞれの個人に合った色々な方法があると思いますが、この絵本は、息子が使えそうなを対処方法見つける度にページを増やして書き込めるようにしています。

 

ただどんな対処方法を使っても、「聞いていない!」と怒られて傷付いてしまうことはあるかもしれません。

生きている以上、傷付くことは避けられません。それは定型発達でも発達障害でも同じことだと思います。

心が傷付いた時は、怒られて傷付いた気持ちに精一杯共感して、そんな時はどんなリラクゼーション方法を使って気持ちを落ち着ければいいのか、その方法を一緒に考えて見つけることも大切なのだろうなと思います。

 

私と息子は、最近「イライラ研究」を始め、息子がどんな時にイライラするのか、そしてどんな方法を使って、どれぐらいの時間でそのイライラがなくなったのか、記録をつけ始めています。

ある程度この記録がたまればストレス解消というテーマで絵本を作り、息子がイライラした時、自分の力で状況判断をして、自らストレス解消を行うスキルを身に付けることができるように手助けができればと思っています。

 

支援とは、ただ一方的に与えられるだけのものであれば、生きられる世界がとても狭くなります。

もし目が見えなかったとして、誰かの腕につかまって歩く方法しか教えてもらえなかったとしたら、生活できる範囲はとても限られたものになってしまうでしょう。

けれどもし杖を使って自分の力で歩く方法を教えてもらえたら、生活範囲はグンと広がるのではないでしょうか。

発達障害についても、支援者の腕につかまってただ歩くのではなく、杖を使いながらどうすれば自分自身の力で定型発達の世界を歩くことができるのか、その杖の使い方と歩く方法を教えてもらって、本人がそれを身に付けることができれば、発達障害を持ちながら生きられる世界がグンと広がるのではないだろうかと思います。

この杖については、障害者手帳や、イヤーマフ、スケジュール機能グッズ、イライラした時のリラックスグッズ、パソコン、当事者グループの仲間の存在なども、杖にあたるかもしれません。

 

杖の使い方と歩く方法をどうすれば教えることができるのか、そして本人に杖を使って自分自身の力で歩く練習をさせるにはどうすればいいのか、これについては私もまだ試行錯誤です。

生きる力をどうすれば身に付けさせてやることができるのか、毎日迷い悩みます。

ただ、今思えば、小学校入学前の息子への障害告知こそが、自己認知支援のスタートであったと思います。

息子が日常生活でつまずく度、僕はみんなと何かが違うと疑問を感じる度、「それはあなたの努力不足ではない、性格の問題でもない、それこそが自閉症を持つあなたの特性である」と伝え、特性により息子が苦労するのであれば、それではどんな工夫ができるのか、一緒に考え、歩んできました。

 

杖を使って自分で歩くというスキルは一朝一夕で身に付くものではなく、5年、10年、20年かかるかもしれず、一歩一歩の歩みは目に見えないぐらい小さな一歩なのかもしれません。

それでもその小さな一歩を重ねることで、5年後には何かが変わっているかもしれないとも思います。

みなさんのお子さんは今いくつでしょうか。

幼児期、学童期、10代、20代・・・・、おそらく、今の私よりは若い方が多いのではないかと思います。

32歳の私は、まだ失敗もしますし、トラブルを起こしたり、不用意な発言で人を傷つけてしまうことがあります。

心無い言葉に傷付いて涙することもありますし、まだ、胸を張って「成長した」と言えるわけではありません。

それでも母と涙に暮れた20歳の日々は過去となり、少なくとも今の私は笑うことができるようになりました。

 

最後に、以前 ゆる。 さんのブログでご紹介されていた言葉を、引用させて頂きたいと思います。

 

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失敗しない親なんていません

失敗しない子もいません

 

欠点のない親なんていません

欠点のない子もいません

 

失敗しないようになんて出来ません

欠点を直すこともできません

 

許し合うことができるだけです

 

間違わずに育てられる親はいません

間違わずに大きくなる子もいません

 

正しい子育てなんて初めからないのです

 

だから

 

あなたはあなたのままで

子どもは子どものままで

 

許し合って、笑い合って、

仲良く暮らせばいいのです

 

それが一番楽だし

それが一番幸せです

 

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*長い記事となりましたが、ここまで読んで頂いて、本当にありがとうございました。

お知らせですが、夏休みは大学の勉強に集中するため、ブログは1か月お休み致します。

次回の記事の更新は、8月27日の予定です。どうぞ宜しくお願い致します。

 

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