私は、自閉症について勉強することと、視覚支援グッズを作ることが大好きです。
特にグッズは、一度作り始めると時間を忘れて没頭してしまいます。
息子が診断を受けたのは、4歳6カ月の時のことです。
私が住んでいる地域では、子どもが診断を受けると、任意で保護者学習会に参加することができます。
この学習会では、毎月1回、1年間のカリキュラムで、自閉症の特性や支援方法について学びます。
医師や心理士による講義の他に、当事者や保護者の体験談を聞く機会もあります。
私は、息子が診断を受けると同時に、この学習会に参加して支援方法を学びながら、手探りで視覚支援を作る日々が始まったのですが、いくら学習会で学んでも、それが我が子にピッタリ合うとは限りませんでした。
我が子の特性に合わせて微修正しなければ、いくら視覚支援を提示してもうまく使いこなすことができません。
そのうち、学習会で学ぶ→作ってみる→試してみる→イマイチうまくいかない→診察で医師からアドバイスをもらう→作りなおしてみる→うまくいく→次の診察で医師に報告する→医師から褒めてもらう(嬉しい)、という流れができあがりました。
この一連の流れを何度も何度も繰り返す中で、私は、「失敗しながら、相談しながら、視覚支援グッズを作る」というスキルを身に付けることができました。
(人に相談するというスキルを身に付けることについては、また別の機会に改めて触れたいと思います)
この1年間の学習会が終了すると、次に私は、NPO法人それいゆ
で開催されるセミナーで、少し専門的な支援について学ぶようになりました。
そうして自閉症についての知識を深めていったのですが、知識が増えれば増えるほど、「私も自閉症ではないか?」という思いは日々強くなる一方でした。
「どうして私は、今までこんな不器用な生き方しかできなかったのか?」という思いは日に日に強くあふれるばかりで、どうしても抑えることができなくなり、そして、私自身もWAISーⅢ検査、心理士さんとの面談、医師の診察を受けて、自閉症の診断を受けるに至りました。
私は子どもが生まれてから、私自身の奇異に見える部分は目立たなくなり、一見とても普通に見られるようになったのですが、それまでの生き方は、どちらかというと波乱に満ちたものでした。
たまに自分の過去について話をすると、「大平光代さん(だから、あなたも生きぬいて
の著者)みたいやね。そんな風に激しい人生を送ってきたようには、とても見えないのにね」と、よく言われます。
私自身は、大平さんほど激しくはないと思っているのですが、大まかな道筋は確かに似ているのかもしれません。
自閉症について学んでいる時、視覚支援を作っている時、私は時々恐怖にさいなまれることがあります。
視覚支援グッズを作るのは、とても楽しいし、大好きです。
でも時々、疲れているのに、休みたいのに、自分の中の恐怖心に突き動かされて、「今作らなければ!今やらなければ!」とやめることができなくなることがあります。
そこには、息子にだけは、私と同じ苦しみを味わせたくない。私のように、道を外れてほしくない。息子にだけは、陽の当たる道を正々堂々と歩いて生きていってほしい・・・という、恐怖から起こる強い願いがあります。
興味関心は、好きなものだけにハマるとは限りません。
時には、恐怖心が原動力となってハマってしまうこともあります。
たとえば雷が怖い時、本人は雷がとっても怖いのに、雷について自ら徹底的に調べることがあります。
どういった時に雷が発生するのか、時間はどれぐらい続くものなのか、雷によってどういった影響があるのか、雷が鳴ったら、どのような対策を取ればいいのか・・・、そういった雷に関することを徹底的に調べて、雷のメカニズムを十分に知ると、雷に対する恐怖が消えてしまうのです。
息子は以前、マイケルジャクソンのスリラーの映像をとても怖がっていたのですが、ある日スリラーのメイキング映像を見て、ゾンビがどんな風に作られているのか、マイケルが狼男に変身するシーンはどんな風に撮影されているのか、その仕組みを知りました。
それからは、スリラーの映像が全く怖くなくなり、むしろ楽しんで映像を見ることができるようになりました。
正体が分からなければ怖い。でも分かった瞬間に、恐怖が消えさるのです。
私の自閉症に対する興味関心も、これと同じ理由なのだと思います。
息子が私と同じ人生を歩むことが怖い。だからこそ、それを防ぐためにはどうすればいいのか、今どんな支援をすればいいのか、学ばずにはいられないのだと思います。
この自閉症への興味関心は、いいこともたくさんありました。
私が作ったもので、息子はたくさんのことを理解し、たくさんのことができるようになりました。
朝の身支度やトイレの手順、歯医者の治療、時間割の準備など、自分の作ったもので子どもの「できた!」が増えていくことは、私にとって、とても嬉しいことでした。
ママ友達はいつも、私の支援グッズを見て、「えらいね。すごいね」と褒めてくれます。
息子の主治医はいつも、「お母さん、よく頑張ってますね。すごいですね。大丈夫ですよ」と言ってくれます。
(主治医は、私の自閉症への興味関心の根底に恐怖があることを知っています)
こうして、たくさんの人に褒めて認めてもらうことで、私は「これでいいんだ。大丈夫」と、一時でも恐怖を忘れて安心することができるようになりました。
そして、褒められることによって、今まで失っていた自己肯定感が少しずつ得られるようにもなったのです。
恐怖とは、やはり自分にとって恐ろしいものです。
けれどそんな時、知識は、恐怖を乗り越えるための大きな武器にもなり得るのだと思います。
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