小学校3年生の時、自習ノートという取り組みがありました。
漢字の書き取りや算数の計算、教科書の内容を写したり、詩を作ってみたり、何か自分で考えてノートに勉強をすると、毎回シールを貼ってもらうことができます。
そのシールが百枚たまると、キラキラ光る王冠シールがもらえるのです。
私は、誰よりもたくさんの王冠シールが欲しくて(勝負へのこだわりが顔をのぞかせています)、とても頑張って自習ノートを使って勉強していました。
けれどもしこの時、このシールが、「そんなことをしたら王冠シールはあげないよ!」と怒る材料に使われたり、シールを取り上げられたりするようなことがあったとしたら、おそらくその瞬間に「じゃあもうシールはいらない」と、シールに対する興味はいっぺんに冷めてしまっていただろうなと思います。
怒られたその瞬間に、シールが褒められた記憶から怒られた記憶に変わってしまったからです。
それまでどれだけ頑張って勉強していても、キラキラ光る王冠シールを見るたびに怒られたことを思い出して、自習ノートを見ることさえ嫌になっていただろうなと思います。
このご褒美シールは、自分の勉強を褒めてもらった出来事として、20数年経った今も私の記憶の中に残っていますが、先生から言葉で褒めてもらったのかどうかは全く覚えていません。
言葉よりもシールという視覚的な印象の方が、私の記憶には残りやすいのかもしれないなと思います。
ご褒美シールは、嬉しい記憶になるか、嫌な記憶になるか、使い方によって全くの逆効果になってしまいますが、褒めるためだけに使えば、シールが増えるにしたがって褒められた記憶がどんどんたまっていくので、きっと自分の自信にもつながっていくだろうなと思います。
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