常同行動とは、手をひらひらさせたり、同じところをぐるぐる回ったり、体を揺らし続けたりと、同じ行動を繰り返すことです。
小学校低学年の頃、私は三人掛けのソファーの上に乗って、ソファーの右から左へ、左から右へと、ぴょんぴょん飛び跳ねながら、行ったり来たりをよく繰り返していました。
ソファーの上に乗ると、ソファーの前方にあるガラスの飾り戸棚に、いつも自分の姿が映ります。
当時大きくなったら歌手になりたいと思っていた私は、ガラスに映る自分の姿を見て、右から左へと動き続けながら歌手になった自分を想像して自分の世界に浸っていました。
一般的には、歌手の真似ごとをするだけなら、ガラスに自分の姿を映して歌っていればそれで十分なのかもしれません。
けれど私の場合は、こうして動き続けなければ自分の世界に入り込むことができませんでした。
動いている時の私は、歌手になった自分を想像しているとはいえ、実際に歌うわけでもなく、楽しそうにするでもなく、ひたすら真面目な顔をして黙って(自覚のない独り言はあったかもしれませんが)動き続けていたので、周りから見れば、まさか歌手の真似ごとをしているとは想像もできなかったのではないかと思います。
小学校の高学年になる頃には、こういった常同行動はしていませんでした。
元々空想することは好きだったのですが、成長するにつれて私の空想力はどんどん強くなっていたので、高学年になる頃には、自分の世界に浸るためにわざわざ動く必要がなくなっていたのかもしれません。
自閉症にとって有効なストレス解消法の一つに、「一人になる時間を持つこと」があります。
私がルールブック
の記事に書きましたが、自閉症は、コミュニケーションにおいて相手の気持ちを直感で推測することに困難があります。
そのため対人関係では、相手の気持ちを頭で考え、分析しながら(時に相手の深層心理まで分析しているような気がします)、コミュニケーションを行うことになります。
社会生活での対人関係は、常に頭をフル回転して分析しているためにエネルギーの消費が大きく、自覚のあるなしに関わらず、精神的に大きな疲労を伴います。
子どもの場合であっても、学校という場所での社会生活は、たとえ本人が自覚していないとしても、やはりエネルギーの消費は大きいのではないかと思います。
低学年の私にとって、動きながら自分一人だけの世界に浸る時間を持つことは、張り巡らしている自分のアンテナを解放してリラックスするためのストレス解消の一種だったのかもしれません。
今は、かつての私と同じように、小学校低学年の息子が飛び跳ねながら動き続けています。
たまに、あまりにも飛び跳ねる音がうるさくて、「もう少し静かにしてよ~」と言ってしまうのですが、「だって動いていないと楽しいことが考えられないの!」と反論されます。
低学年にして常同行動の理由を説明できる息子は、私と比べてすごいなぁ・・・とつい感心してしまいます。
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