ただ存在しているだけで価値がある。こころからそう思えますか? | 自己否定から抜け出して自分にOKを出す|大橋知華子|心理カウンセリング

自己否定から抜け出して自分にOKを出す|大橋知華子|心理カウンセリング

心理カウンセリングで、自己否定や無価値感を緩め、自分にOKを出せるようサポートしています。
自分の本心に気づき、自己理解を深めるOSHO禅タロット講座も開講しています。

「私には価値がある」



何かができる私には価値があるけど

何かができない私には価値がない



ではなくて、




何もできなくても

ただ存在しているだけで価値がある




こころからそう思えるでしょうか?







OSHO禅タロットカードの中に

《存在》というカードがあります。




何も身にまとっていない裸の女性が

1人蓮の葉の上で座っていて、

何をするわけでもなくただ座っているだけ。




裸というのは、ありのままの自分を表していて

何かができるとかできないとか関係がなく

ただ存在しているだけで価値があるという

カードなんですね。




頑張っていなくても

誰かの期待に応えなくても

他者からの承認がなくても

存在していい。




頑張っている私には価値があるけど

頑張っていない私には価値がない

ではないのですね。





ところで、私がずっと学び続けている

心理学(交流分析)ではこんな考えがあります。



それは、



人はだれでもOKである



というもの。




人はだれでもOKな存在であり、

そして価値があり、重要で、尊厳がある

ということを意味するものです。




そこには人として優劣などはなく

私たちは人として同じレベルにいて、

そして、人として存在そのものに

価値がありOKなのですね。




なんですが、

社会的価値と存在価値が=(イコール)に

なっていることも少なくなく

つい、頑張っている自分や

何かができる自分はOKだけど

頑張っていない自分、

何かができない自分はダメだ、

そう思ったりしませんか?




頑張ることが当たり前になっている人は、

頑張っていることに気がつきにくいですし



「まだまだ頑張りが足らないわ〜」

「できていない私ってダメね〜」



ってなりがちアセアセ




頑張っていないと、何かができないと

自分の存在価値が感じられないのですね。




もちろん、時には頑張ることも

必要かもしれませんが

「そこは頑張らなくてもいいよ」

って時も結構あったり。




頑張ることや何かができることと

価値があることはなんの関係もないですし

私たちはOKであり価値のある存在なんですね。




なので他人からの承認も許可もいらなければ

あるとすれば自分にOKを出すだけ!




これができれば最強ですね(^_−)−☆





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