そういえば、この縁に触れてしばらくは、
「九八さんは、わたしには感じられないものを感じる能力のある人なんだろうな」と思っていたことを
思い出しました。


そして、九八さんが「自分が話してるのではない」と仰ってるのも、今なら分かります。

これが、思考では分からない。『えっ?!どうゆうこと?!』『言葉が降りてくる?!』等と、不思議な力があるのではないかと思わなければ、思考は受け入れられません。
これこそ『猜疑心』でした。



昔から、何を求めてるのかも分からずに何かを求め続けてきました。
あらゆる本を読み漁りました。『宇宙の真理』もどきのタイトルがあるとすぐに買ってました。
そのうち、何を読んでも何も変わらないわ…となり、それでもネットのない時代、やはり本からしか糸口を見つけられず、本の情報から『これかも❢』と直にその本の作者に会いに行ける時は行くようになり、思えば、あらゆる方面のカリスマ化されている人何人かに会いました。一回きりの人、何回か会ううちに「おやっ?!」と不信感が湧き、そのうち離れていった人。


はっっっっっきり言えます。
どこに行っても得られなかった安心感。
これを求めていたんだと。
何がどうあっても、自分の都合に関係のない
安心感キラキラ

死へと墜落している飛行機に搭乗していることを分かっていて、それを見ないふりをして、楽しいこと(心が喜ぶこと)を追求していけばいいという考え方に流されていたひとりです。
いくらそのようなことをしていても、本当、よく九八さんが仰っているように、虚しさが残るだけです。


不可思議な妙法。

無上甚深微妙法。


ただ聞くだけ。


今まで通りに日常を過ごしてるだけ。


本当に、改めて、なんと凄いのでしょう!!


すべて廻向されていたことに後から気がつかされ、愕然とします✨️🙏✨️



南无阿彌陀仏、南无阿彌陀仏、南无阿彌陀仏

あなかしこ、あなかしこ、、