もう、そう!ほんとにそう!!
その縁に触れたら、どうしようもなく、そうなります、、
サポートは必要な一人暮らしの母(母自身は自分一人でしっかりやれてると思ってる)、
母と共に過ごしていると「えっ?!それに怒るんだ?!」ということが1日に一回以上は必ずありますし、それは私が物心ついた頃からずっとありました。
母と共に過ごす空間はどことなくピリついていましたが、それが当たり前のことでした。
母が怒りをあらわにする全ては、母の考える「こうあるべき」の範疇に、他者の言動が当てはまらないときです。表情や態度が一気に攻撃的(批判的)になります。
近頃ですと、歩いていこうとする先にゴミが転がっていれば、自分の持っている杖で怒りの感情に任せてクリケットのように飛ばしてます。これは、ゴミを「捨てるべき所ではない所」へ捨てた見えない人への怒りです。
このような母のエピソードは数え切れません。
デイサービス先でも同じ言動は見られるそうで、人へ手が出ることはないけれど、物へ当たり散らし、注意を払わないといけない場面もあるそう。そこでは「認知症の方」で接してもらっており、認知症が進んでいるのでしょうかと言われ、さぁ〜どうなんでしょうねぇとスタッフさんと時々やり取りをしていたり。
それでも、怒っても、場面が変われば、すぐにケロッとしているとのこと。自立心が強く、スタッフに頼り切らないが、手伝ってもらえば「ありがとうね」と必ずスタッフさんに言っているそうで、むしろ可愛がられているとのこと。
叔母(母の妹)の話によると、子供の頃からそんな気質の母だそうで、母の言うことには(逆らう方が面倒なので)全て従ってきたそう。そんな叔母もまだ入院生活に突入する1年くらい前でしたでしょうか「どうせ、ずっとわたしは奴隷ですよ!」と母に反撃したこともありました。
そして、何よりも母自身が一番、自身にとても厳しく「(さっさと動くことが素晴らしいことなのにと母自身思っている)膝が痛くて情けない!」が口癖で、自分で自分に怒り、それが不機嫌さの引き金になることもあります。
この状況、ほぼ変わっていません。私がその母の言動に色んな感情が出ることも変わっていません。
ただ先日、気付いたら母に「不機嫌に任せて物に当たり散らしているお母さんに疲れました。わたしが用事を済ませる間、家で待っていて下さい。今から家に送ります」といったような旨を、伝えてました。
すると母は「黙って大人しくしてるから一緒に居たい」と。そして、無表情で黙っているわたしの顔色を伺いながら助手席でずっと黙って静かに一言も喋らず乗っていた母。
10年前、結婚の縁で母との2人暮らし生活が終わる直前まで、そう言えばこんな感じだったなぁ〜変わらないなぁ〜と思い出し、
でも、「思考を扱うことの恐ろしさ」をこんなに間近で示してもらえてたことが、
ほんっとうに、ありがたくて、ありがたくて、、。
気づかさせていただけたことが、ほんっとうにありがたくて、、
10年前は、このような出来事が起こると、間違いなく心が苦しいような重いような、暗い感じ、自責の念に襲われていたのが、、
全くなってません。不思議過ぎるほどなっていません。
本当に、、、どういう訳か、ただありがたい、、、ただそれだけで、ただただ驚きです。
九八さんのブログが、何となくでも、少しでも気になっている方は、絶対に声聞会へ参加するべきです
兎にも角にも何度も聞く、ただ聞く、それだけです。
むしろ、聞く以外、何も要りません。聞いて日常に戻ってそれまでと変わらず生活するだけです。
九八さんが無料でして下さってる電話で縁覚も、凄いのです!(どう凄いか上手く言葉になりませんが…)
他に何もすることがないのです。不可思議なのですが、確実に絶対に救われていたことに気がつき驚きます!!
ほんっとうにありがたいです、、、
南无阿弥陀仏、、、
あなかしこ、、、
大ジャンプ「第3回長野大横超施術声聞会」とても楽しみです。
共に参加される皆さま、どうぞよろしくお願い致します。
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