先日
数年前から
行ってみたいと思っていた
「南湖院記念 太陽の郷庭園」に
行って来ました![]()
南湖院(なんこいん)とは
茅ヶ崎市南湖(なんご)にかつてあった
東洋一のサナトリウム(結核療養施設)と
謳われた施設です![]()
明治32年に建てられた
竹子室と呼ばれた
第一病舎が保存されていると知り、
興味があるので
見に行きたいと思っていたんです![]()
この第一病舎は
2018年3月
国指定の登録有形文化財に
登録されたそうです🎖️
南湖院(なんこいん)とは…
1899年〜1945年まであった
東洋一と謳われた結核療養施設で
医師の高田畊安(1861〜1945)氏が
創設しました![]()
敷地面積5万坪、建物面積4500坪、
14の病棟、病室は158室あり、
入院者は200人で
関東近辺が多いが全国に亘り
台湾など海外からの入院者もいたそうです![]()
南湖院が創設された明治32年頃
結核は不治の病と恐れられ
治療法は「大気、安静、栄養」と
言われたそうです![]()
高田畊安氏は
当時 半農半漁の空気清涼な地として
現在の茅ヶ崎市南湖(なんご)に
結核療養施設を創設したそうです![]()
南湖院という名称は
地名の南湖(なんご)によりますが
高田畊安氏は濁点を嫌ったので
南湖院(なんこいん)と称したそうです![]()
14の病棟は
木像の平屋か2階建で
病棟間に距離を置いた配置になっていて
周辺地域への配慮と
排菌者病棟と非排菌者病棟を離して
院内感染を避けようとしていたそうです![]()
又、各病棟は雨風を防げる長い渡り廊下で
繋がれていたそうです![]()
南湖院は
閉鎖した後
海軍による接収の時期(1945年)を経て
1946年〜1957年(昭和21〜32年)は
米軍による接収があり
返還後
1979年(昭和54年)に
高田畊安氏のお孫さんである高田準三氏が
この地に
有料老人ホーム太陽の郷を開設され
祖父にあたる畊安氏の思想を受け継ぎ
運営されてきたそうです![]()
その後
高田準三氏の意思を受け継いだ
長男である高田耕太郎氏により
2015年に
第一病舎とその土地が
茅ヶ崎市へ寄贈され
2016年に
第一病舎他の太陽の郷北側の一部を
「南湖院記念 太陽の郷庭園」として
一般公開されたそうです![]()
※以上、ホームページより抜粋させて
いただきました…
入り口より入り
見学させていただきました![]()
あっ🤭
見てみたいと思っていた
第一病舎(竹子室)です![]()
明治32年に建てられた
第一病舎
写真では見たことあるけれど
実物は
ほんとうに
素敵だなぁ![]()
明治32年ってことは
大正12年の関東大震災にも
戦争にも
絶えたってことですよね![]()
もちろん
幾度となく
改修されている様ですが、
この凛とした佇まいが
素敵です![]()
当時
多くの結核患者さんを
支えていたのでしょうね👩⚕️
南湖院の入院患者には
文学者も多く、
国木田独歩や八木重吉等も
いたそうです📚
高田畊安碑👨⚕️
庭園には
梅林もありました🌸
庭園には
富士見台があって
富士山も見える様ですが
残念ながら
この日は見えませんでした🗻![]()
私は
南湖院の建物
第一病舎に
興味があるだけではなく
南湖院自体にも
興味があって、
今回
住居型有料老人ホーム「太陽の郷」さんの
ホームページの南湖院の歴史等も
読ませていただき
高田畊安さんの想いを
垣間見させていただきました📚
とっても偉大な方だったんだなぁと…
庭園を出ると
すぐ近くに
内科の高田医院という
病院がありました![]()
高田畊安さんの子孫の方が
経営されているのかなぁ?
この日
南湖院には
1人で行こうと思っていたのですが、
長女がいたので
誘ったら
行くと言うので
一緒に行きました![]()
誘ってくれて
ありがとうと言われたので
誘って良かったな![]()
帰りに
すぐ前の
海に寄ってみました🏝️
ここの海(茅ヶ崎西浜海岸)は
初めてだったのですが、
いつも行く
辻堂寄りの海岸や
サザンビーチと違って
とっても静かな
プライベート感のある海ですね🏝️
そんな印象を受けました![]()
少し波打ち際を歩いていたら
シーグラスを
見つけました💡
見つけたのは
初めてです![]()
長女が
「何かいい事あるかもよ?」って![]()



















