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母が死ぬ前後に
私が強烈に感じたのは
意外にも、憤りでした。
(母の・家族の)
人生、いくらでも工夫して
良くして行くことができたのに。
正直なところ、
母の生きた時代より
平和で豊かで当然
と思っていられる時代は
人類史上、そんなに
ないんじゃないか
と思うのですが・・・。
(未来はわからないけれど)
私は長いこと
自分の親自体より
「親御さんはあなたを
思っているはず!」
「おじいちゃんおばあちゃんって
優しいよねー」
といった一見“まとも”そうな
世間一般論に
恨みを感じてきました。
親がおかしい
(求めてもできない)のは
わかっている、
仕方ないんだから
せめてその子どもは
“まっとう”に育つように
サポートしてよと
願っていました。
(子ども時代に)
ですが、◯リトモ学園のような
幼稚園をはじめ学校の同級生、その親、近所、同僚…
正直に言って…なぜか
私の前半生で残っているのは
幸せではなさそうな人生や
うまくいってはなさそうな
ご家庭の記憶ばかりなのです…。
誰かに助けを求めても(転勤族で)
『うちの地域では知りません』
と責任を逃れられるし
これは、自分でも
思い上がっているのではないかと
何十回も自問自答してみたのですが
私は(強制終了するまで)
人にアドバイスをされても
『なるほど、
この人の言うことはもっともだ』
と納得したことがないのでした。
(優しくしてくれた人のことは
不思議と、時間が経つほど
くっきりと思い浮かんだりします…)
中二の時
と思ったのですが
これは、他の誰にも当てはまらなくても
私にとっては最適解だったのかも
と感じています。
お会いした時
「このままだったら
あなたは死んでいたよ」
と言われましたが
振り返って、若い時の自分が
そういう選択をしたとしても
自分を責められないと思うし
惜しむほどの経験や世界に
出会っていない…という
感覚がありました。
そもそも、生まれてから
常に親から見下される
ということがなければ
家の外でも、無条件に
人の目に怯えることは
なかったのではないか
と思います…。
ここまで気づいても
例えば、愛されて育って
これから世に出るという人と
同じ土俵に立ったと
言えるとは限りません。
加藤諦三先生は
と考えると良い
と仰っています。
現世での目標や辿る道すじは
全員が同じではないとも言えます。
