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今年、母が他界して
(残念ながら)私は無意識に
自分を否定することが減りました。
親のことを
ことさら悪く言おうと
思っていなくても
自然と思い浮かぶエピソードに
良いものが少ないのでした。
精神的には、小学生くらいから
いない方が良かったのでは…
という気がしていました。
おそらく母は
「自分は頭がいい」という考えが
心の拠り所となっていて
自分が間違えていることも
あるかもしれない
自分には理解できないことが
あるかもしれない
ということを
認めることができなかった
ように思います。
生前に本人に話したのですが
胎児になる前の私が、嫌がらせで
未熟な夫婦に宿ってやろー![]()
とした訳ではないのですよね。
母は、他者(私)が
客観的に良いことをしても
自分の言ったことに服従しても
貶したり嘲笑ったりしていました。
「わざとじゃない」にしても
「わざと」ではなく
無意識(潜在意識)レベルで
ずっと「試し行為」を続ける
という方が怖くないですか。
家の中に親という
いじめっ子がいたとしても
他に精神的な親代わりがいれば
良かったのですが
簡単には起こらないですよね…。
改めて、書いてみると
最初から、子どもという存在を通して
破綻して生まれ変わることを目指しているかのようですね…。
持って生まれた血に
感謝することはできても
何が何だか見えない
子育ての責任を
(自分達だけで)
背負い込むことがなければ
良かったのにと思いますが
「ギャー、助けて」
と今以上に(世間に?)
言えない時代
だったのでしょう…。
(生まれてきた方が罪悪感を
感じかねないですね…)
本人に忖度して言えなかったけど
母は家事も得意ではなく
娘と協力してやる
ということができれば
まだいくらかでもラクできたのに・・・
とも思います。
また離婚を考えていたことも
あったようですが
自分が子どもを連れずに
出て行けば良かったのでは・・・
というのが
私の思いでした。
(子にとっては経済的に父が必要、
また父の引退後ならすぐに財産分与も。。)
私は
大学に進学しても
社員で就職しても
自分事として
価値を感じることができず
後から気づくと残念でしたし
社会的にも損失であったと思います。
(思えば、母にどやされる
言われもなかったような…)
母の間違っていることをも
肯定して
機嫌を取るのみならず
晩年の五年では
反抗して加藤諦三先生の本を
紹介したので
母は、本当に必要なら
自分から本を探して
読むことができたはずです。
(闘病期間が比較的短く
それ以前から時間はあり…)
もし精神科やカウンセリングに
行くとしても
その時間や予算
周り(家族)の理解も
あったと思います。
率直に言って
ということわざを思い出します。
母は、家族、親戚、友人
誰とも「心が触れ合う」ことを
しなかったのだ
と自覚すると程なく
カリキュラム終了ー!
と言わんばかりに
この世を去って行きました。
