当たり前のことを、当たり前のようにこなす。
そんな日々の中、当たり前の大切さを
人は忘れてしまいがちです。
人は未来永劫に元気ではいられません。
いつか必ず病み、死ぬときが来ます。
当たり前に動けていたのに、体が全く
動かなくなる。その時、皆がほしがるものは
別に大きな事柄ではないのです。
当たり前のことを出来なくなってしまったとき、
人はもう出来なくなってしまった当たり前のことを
望むのです。
そして当たり前のことが、当たり前に出来たときの
ことを、幸せだったと感じるのです。
僕もこれまで何度か病気をしたことがあります。
すると、すぐに健康のありがたさがわかります。
健康なんて当たり前だと思っていた。
なのに、一度失うとそれが例えようもないほど
大切なものと気がつく。しかし病んでいる自分は
それを取り戻せないのです。悔しく、悲しいことです。
そして健康であったことが、幸福だったと気が付きます。
同じ事は人と人との関係にも当てはまります。
親、妻(夫)、友人、・・・
いなくなって始めて、大切さに気が付くことがあります。
当たり前に存在したものが、当たり前でなくなったとき、
人は自分を責めます。「ありがたみをわからなかった」と。
たくさんの方に指摘されることですが、
『死ぬときに後悔すること25』に出てくるのも
当たり前のことなのです。当たり前のことを当たり前に
出来なくなったとき、後悔するのです。
だから当たり前が幸せであると思い、
当たり前の大切さを噛みしめて生きれば
いつかそれを失ったとしても後悔が少ないのです。
また、たくさん読んでくださっている方が増えている一方で
悲しいことですが、僕の思いがそのまま伝わっていないと
思われる事例も見かけるようになりました。
色眼鏡で見ているんじゃないかな・・と思うような意見も
たびたび見かけます。
あるいはまた、たくさんの方に
「先生、どのような死に方が後悔が少ないのですか?」
と聞かれるようになりました。
それに対して、もちろん自分の考えはありますが、
全ての人に当てはまる回答はありませんし、
それは個々人が自ら考え、辿り着かねばならない
答えなのだと僕は思っています。
さて、日本人の思考の問題点は二つあると思います。
最近『富裕層が日本をダメにした!』(和田秀樹氏)
という本を読んだのですが、(引用します)
一つは
「人間には、自分の選択が”良いはずだ””間違っていない”と
思いたいという心の働きがある。そして、自分の選択が
間違っていないことの証拠を集めようとする」(こういう
メカニズムが無意識のうちに働くからこそ、人間は
意図的に自分の考えと違う理屈や、心地よくない情報にも
冷静に向かい合ったほうがいいのだ。と続きます)
もう一つは
「社会心理学の研究者によると、日本人は属人思考
(「この人の言うことだから」と判断する思考)が強く、
属事思考(一つひとつの事柄を見て判断する思考)が
うまくできないという。嫌いな奴が言っていることは
正しいことでも間違って聞こえるし、好きな人間の
言っていることはなんでも正しく聞こえるということだ」
です。非常に考えさせられます。
枝葉末節の項目を見て、否定的な感情を抱き、
それで木全体を取るに足らぬものと判断して
しまうのは本当にもったいないことです。
そしてまた、
『死ぬときに後悔しないための25』ではなく、
『死ぬときに後悔すること25』とこの本が名付けられた
のは、人間である以上特定の嗜好は出てしまうに
してもそれは出来るだけ除き、評価者であるよりも
観察者として描きたい、そのような僕の思いからです。
属人思考ではなく属事思考で読んでいただけると
本当に嬉しいと思っています。
当たり前のことが、当たり前になされて、
そして皆がそれに幸せを感じられる社会であってほしい、
終末期医療の前線で僕はいつもそのような事を考えています。
皆さんが幸せであることを祈ります。
そんな日々の中、当たり前の大切さを
人は忘れてしまいがちです。
人は未来永劫に元気ではいられません。
いつか必ず病み、死ぬときが来ます。
当たり前に動けていたのに、体が全く
動かなくなる。その時、皆がほしがるものは
別に大きな事柄ではないのです。
当たり前のことを出来なくなってしまったとき、
人はもう出来なくなってしまった当たり前のことを
望むのです。
そして当たり前のことが、当たり前に出来たときの
ことを、幸せだったと感じるのです。
僕もこれまで何度か病気をしたことがあります。
すると、すぐに健康のありがたさがわかります。
健康なんて当たり前だと思っていた。
なのに、一度失うとそれが例えようもないほど
大切なものと気がつく。しかし病んでいる自分は
それを取り戻せないのです。悔しく、悲しいことです。
そして健康であったことが、幸福だったと気が付きます。
同じ事は人と人との関係にも当てはまります。
親、妻(夫)、友人、・・・
いなくなって始めて、大切さに気が付くことがあります。
当たり前に存在したものが、当たり前でなくなったとき、
人は自分を責めます。「ありがたみをわからなかった」と。
たくさんの方に指摘されることですが、
『死ぬときに後悔すること25』に出てくるのも
当たり前のことなのです。当たり前のことを当たり前に
出来なくなったとき、後悔するのです。
だから当たり前が幸せであると思い、
当たり前の大切さを噛みしめて生きれば
いつかそれを失ったとしても後悔が少ないのです。
また、たくさん読んでくださっている方が増えている一方で
悲しいことですが、僕の思いがそのまま伝わっていないと
思われる事例も見かけるようになりました。
色眼鏡で見ているんじゃないかな・・と思うような意見も
たびたび見かけます。
あるいはまた、たくさんの方に
「先生、どのような死に方が後悔が少ないのですか?」
と聞かれるようになりました。
それに対して、もちろん自分の考えはありますが、
全ての人に当てはまる回答はありませんし、
それは個々人が自ら考え、辿り着かねばならない
答えなのだと僕は思っています。
さて、日本人の思考の問題点は二つあると思います。
最近『富裕層が日本をダメにした!』(和田秀樹氏)
という本を読んだのですが、(引用します)
一つは
「人間には、自分の選択が”良いはずだ””間違っていない”と
思いたいという心の働きがある。そして、自分の選択が
間違っていないことの証拠を集めようとする」(こういう
メカニズムが無意識のうちに働くからこそ、人間は
意図的に自分の考えと違う理屈や、心地よくない情報にも
冷静に向かい合ったほうがいいのだ。と続きます)
もう一つは
「社会心理学の研究者によると、日本人は属人思考
(「この人の言うことだから」と判断する思考)が強く、
属事思考(一つひとつの事柄を見て判断する思考)が
うまくできないという。嫌いな奴が言っていることは
正しいことでも間違って聞こえるし、好きな人間の
言っていることはなんでも正しく聞こえるということだ」
です。非常に考えさせられます。
枝葉末節の項目を見て、否定的な感情を抱き、
それで木全体を取るに足らぬものと判断して
しまうのは本当にもったいないことです。
そしてまた、
『死ぬときに後悔しないための25』ではなく、
『死ぬときに後悔すること25』とこの本が名付けられた
のは、人間である以上特定の嗜好は出てしまうに
してもそれは出来るだけ除き、評価者であるよりも
観察者として描きたい、そのような僕の思いからです。
属人思考ではなく属事思考で読んでいただけると
本当に嬉しいと思っています。
当たり前のことが、当たり前になされて、
そして皆がそれに幸せを感じられる社会であってほしい、
終末期医療の前線で僕はいつもそのような事を考えています。
皆さんが幸せであることを祈ります。