大津秀一です。
雨が多かった昨日今日、仕事お疲れ様でした。

さて今日は表題についてお話しさせて頂きます。

世の中にはいろいろな人がいます。
その性格の違いっぷりには、日々勉強させられます。
その中にも、一知っているのを十知っているように
見せる人もいれば、十知っているのに一しか知らないように
見せる人もいます。この差異には、いつも驚かされます。

僕が思うに、物事を知っている人ほど、とても謙虚です。
自分が知恵者であることを、声高に知識を披歴することで
人に証明しようとはしません。
そして知らないことは、躊躇なく人に聞きます。

しかし、世の中には知らないことを正直に知らないと言うのを
恥ずべきことだと思っている人々も存在します。

僕はある時、そういう人から言われました。
「先生は、知らないことはぱっと『それは知らない』と言いますよね」と。
どうやらその人には信じられなかったようです。
「素直なんですね」と。

僕から言わせれば、知らないことを知らないと言わずに、
知ったかぶりをするというのは、人にも自分にも嘘をつくこと
のように思うのですが、誇り高い青春時代ばかりでなく
大の大人となっても妙なプライドが邪魔するのか、
知らないと言うことで自分への信頼あるいは自分の権威が
傷つき失われることを恐れるのか、素直に「知らない」と
言えない人も少なくないようです。

人はすべてを知ることはできないと思います。
宇宙の成り立ちや構造を理解している理論物理学者が
日本の歴史や政治を理解しているわけではないし、
国際政治学者が医療問題を熟知しているわけではないと思います。

皆が不完全だからこそ、知識を持ち寄る必要があるし、
多種多様な存在がいる意味が生まれるのだと思います。

それにしても、皆が賢く見せようとする、あるいはみめかたちを
極限まで高くあるいは極限まで長く美しくしようとする風潮には
いささか違和感を禁じえません。
アピール上手の知ったかぶりばかりが、要職を占めるような
世の中ではいけないのではないかと思います。

ソクラテスはアポロンの神託で
「お前がもっとも知恵がある者だ」と言われ、驚愕しました。
自分は何も知らないと思っていたからです。
けれども、何も知らないと思っていた人間が
もっとも知っていて、何でも知っていると思っていた
ソフィストたちは実はたいして知らなかったのです。

知識でいきがるのを止めれば、ソクラテスのようになれる
かも知れません。