こんにちは、亜希です



ゲームや携帯ばっかりで

やることをやらない


ダラダラゴロゴロしている

自分で起きてこない


言わないとやらない

あ〜言えばこう言う




クレヨンしんちゃんのみさえって

いつも怒ってるなと思っていたけど


あんなにも自由すぎる

目の離せない子どもがいたら


あれくらい怒るのも無理ないよね…

と最近思いました




子どもにイライラする理由の1つは

自分と違うから



自分が良しとしているルールと

違うことをしているからです




やらなければいけないことを後回しにする

ギリギリまでやらない


なんなら、すぐ諦める

やらないことをあっさり選択する



自分からしたら意味がわからない

こともあるかもしれません




それをやらなければ…

後々困ることになる、やったほうがいい


「やればいいのに」

と思う親側にも理由があるのですね




でも、親にも子どもにも思いがあって

どちらが正しいとかはありません




常識的に、社会的に

多数派か少数派かはあるかもしれませんが


良い悪いはないのです




身近な大切な存在である子どもが

自分とは反対の意見を言ってくる



それは、自分の価値観やルールを

問い直すきっかけにもなります




他人だと、どうでもいい


でも、家族だから真剣に考えます




子どもが反対の意見を言うから


自分が《正解》としているものが

くっきりと見えてきます




その正解は、子ども時代の自分を中心に

今までの経験をもとに培ってきた


自分にとって生きる基準となっている

大切なものです




その基準をこれから先の人生でも

大人になった今の自分でも


これまで通り


同じように採用し続けていくか

問われているとも言えます




表面的にはイライラやモヤモヤもするし

子どもの性格や問題のようにも見えますが


その相手が大切な存在でなければ

悩まないし、気づかないのです




だって、ちょっとやそっとの違和感くらい

みんなスルーして生きているから




心は穏やかじゃないし

思い悩むかもしれない


苦しいし、なんで私が?

とも思うかもしれない



でも…


子どものことだから

注目せざるを負えなくて


気づかないことに気づかされた



きれいごとに聞こえるかもしれませんが

自分の生き方を問い直す


きっかけだし、チャンスだと思うのです




私は「甘える」なんて嫌いでした


甘ったれた同級生にムカついていたし

親に甘えるなんて有り得ない


そんなのできない人がやることで

人様に迷惑だと思い込んでいたのです




先日、子どもが体調が悪くて


「お母さん、横にいて」

と言われてただ横にいました



少し離れたら、また呼び戻され(笑)



不安とか、きついとか、ただ居てほしい

それだけで親を呼びつけてもよかったし


それくらい全然、迷惑ではなかった



それを私とは正反対の子どもに

見せてもらいました




子どもの頃に採用した考えや見方を


私たち大人になっても

無意識にそのまま使っています




子どもや家族が自分の内面を知る

きっかけを渡してくれていて


イライラやモヤモヤは


そこに大切なものがあるよと

知らせてくれているのですね




《子どものこと》で

一括りにしてしまうのではなく



《自分のこと》として

見つめてみてください




きっと、生きることに一生懸命で

置き去りにしてきた自分が


そこにいるはずです




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※名前を《せり》から変更しました