こんにちは、亜希です![]()
夏休み中、子どもたちの学校は
2者面談があります
我が家が行くのは、夫
そこにわずかに心が動いた感じがありました
イラッとかモヤモヤでもなく
胸が詰まるような違和感
それを自分に聞いてみました
どう思う?何がいや?
そうすると
ほとんどの家庭がお母さんが行くだろうのに
私は行かない、母親失格
と、自分の内側から上がってきました
夫が2者面談に行くことについて
私は納得しているのです
普段、学校関連のことをしてくれている夫が
行くするほうがいい(自然だ)と思うし
学校での普段の様子は
わざわざ先生から直接聞かなくても
聞きたいなら子どもに聞けばいいし
夫のことなので、私が行きたいと言えば
考えてくれると思います
でも、これは私が頭で考えていることで
私の心は同じようには思っていない
だから
胸が詰まるような違和感を感じるのです
母親失格
これは、連れ去り後
子どもの学校関連のことに
一切参加していなかった時期に
私が自分自身に思っていたことです
私自身、子どものときに
自分の学校行事に親が余裕を持って
参加できる感じではありませんでした
それが、嫌だったから
自分は子どものすべての行事に
最初から最後まで参加する
と決めていて
同居時は、夫ではなく
私が仕事を休んですべてに参加していました
それなのに…
一切参加できなくなった
夫を責め、私を責め
繰り返し責めていたけど
やっぱり
誰よりも自分を責めていました
他人のせいにする、自分のせいにする
そうすると、自分の感情をうやむやにして
向き合わなくて済みます
ショックな出来事をやり過ごす精一杯で
感情に向き合うのは、つらいから
当時の私は、自責と他責で
済ましてしまったのです
あのときの「母親失格」と
自分を責めて罵っていたときの感情が
まだ残っていたから
夫が2者面談に行く出来事に
私の内側が反応したのですね
あのとき、本当は…
学校行事に行きたかったね
行ってあげたかったね
学校での姿を見届けてあげたかったね
学校での様子も知りたかったよね
子どもに頑張ってるねって
言ってあげたかったよね
先生にうちの子すごいんですって
言いたかったよね
本当は…
悲しかったね、つらかったね
苦しかったし、悔しかったね
惨めだったし、虚しかった
その1つ1つをゆっくりと感じたら
少しずつ和らいで
涙と共に消えていきました
また、どこかでこの気持ちは
出てくるのかもしれません
そのたびに、気づいたら出していく
出せるところまで
感情を感じて、自分を癒していく
それを繰り返していくことで
意識が整理され、執着を手放して
自分らしさを取り戻していると感じています
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うまくいかなかった今日も
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※名前を《せり》から変更しました



