こんにちは、亜希ですハート

 





他の人は忙しいし、お願いするのは申し訳ない

この内容は他の人にはできない

 

他の人には任せられない

自分がやらなければ

 

自分が何とかしなければ

 


そんなふうに思うことはありますか?

 

 

 

以前の私はそれが当たり前でした

 

 

重度自閉症のきょうだいがいて

 

子どもの私には

母はいつも忙しそうに見えました

 

 

私ができることは何だろう

 

母の役に立ちたい、母を手伝ってあげたい

せめて私は手のかからない子でいたい

 

 

 

私が母の手伝いをするようになるのも

母に自分の胸の内を話さないようになるのも

 

できる子、いい子でいたい

と思うようになるのも

 

私にとっては自然な流れでした

 

 

 

実は、私たちは子どもの頃のやり方を

大人になってもそのまま続けています

 

 

困っている人がいたら

忙しそうな人がいたら

手伝うもの、助けるもの

 

 

大人になっても私は周りに気を配り

 

困っている人がいたら

自分が役に立つような言動をする

 

 

 

それが当然で

自分の在り方として染みついていました

 

 

 

でも、大人になった自分には

欠落していたものがありました

 

 

周りが困っていないか

私が役に立てることはないか

 

そうやって

周りや誰かのことばかりを見ていた私は

 

「自分にも困ること・できないことがある」

ことが見えなかったのです

 

 

 

自分が疲れていても

心がもう無理だよと言っていても

 

いっぱいいっぱいで

身動きが取れなくなっていても

 

 

私ができることは何だろう


誰かの役に立たなければならない
手のかからない人でいなければならない

 

 

そのためには

できる人で、いい人でいなければならなくて

 

 

無意識に

自分の不安や苦しさ、寂しさや辛さ

疲れは人には見せないようにしてしまう

 

 

 

自分のネガティブな心のうちを

披露してしまえば

 

自分ができる人でもいい人でもないことが

バレてしまう

 

役に立てる自分だから認めてもらえる

そうでない自分には価値がない

 

と思い込んでいました

 

 

 

だから、無意識に

自分を犠牲にしてでも


頑張って認めてもらおうと動いてしまう

 

 

 

気がついたら

どうして自分ばっかり!?

と思わずにはいられない状況にいて



それでも

いっぱいいっぱいな自分を無視し続けて

 

最終的には、苦しくて虚しくて

追い詰められて1人で泣いていました

 

 

 

自分が困っていたら

疲れていたら、やりすぎなのです

 

  


前向きな気持ちではなかったとしても

私が何とかしなれば、と思って


自ら選んでやってきたはずなのに

 

夫(妻)は私の気持ちはわからない

夫(妻)はやってくれない

 

誰かのせいにしたくなったら

自分1人で何とかしすぎているのです

 

 

 

 

 

もし、そうだとしたら


何か1つやめてみてください

 

最初はやってもらっていた誰かが

文句を言うかもしれません

 


だってやってもらった方が楽だから

依存しているとやってもらおうとしてきます

 

 

でも「やらない」を貫いてみたら

誰かが動き出します

 

 

 

それはそれで...

 

「やっぱり私がやった方が」と

申し訳なく感じるかもしれません

 

そこをぐっと堪えて見守ってみてください

 

 

代わりに

「きっとその人にはやれる力がある」

と思ってみてください

 

 

それは、役に立てなかった訳でも

申し訳ないことをしたわけでもなくて

 

 

見守る・任せるという形の

「信頼」の種をまいたのです

 

そして、1つ役割を

誰かに返しただけなのです

 

 

 

心が反応してうまくできない

 

そう感じる場合は

自分の中のルールが

強くなりすぎているのかもしれません

 

そのルールに気づいて緩めると

軽い気持ちで見守れるようになっていきます

 

 

 

 

 

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※名前を《せり》から変更しました