こんにちは、亜希です![]()
意識を学び、現実が変わり、自分自身が変わったと気づくのは、ふとした時です
先日、朝起きて
私は本当に仕事を辞めるんだな
仕事って辞められるんだな、と思いました
今までも仕事を辞めたこともあるし、育児休業に介護休業等、長期的に休んだこともあります
けれども、今回は
自分のために自分が決めました
結婚のために、仕事を辞める
子どもを産むために、仕事を休む
子どもが入院したから、仕事を休む
それは、誰かのためであり、誰かのせいでもありました
今回も県外に住む「子どものために」近くに住む、そのために辞めるという思いもあります
長い別居期間や会えなかった時期を経験して、すぐ会える距離に親がいるのは
子どもにとっては支えになるだろうと感じます
でも、今回の「子どものために」は、きっかけの1つでしたが、理由ではありませんでした
私の中身が変わっていくのに、同じ生活を続ける違和感が徐々に大きくなって
生活も変えていきたいと自然と思うようになり、以前から決めていたことです
決めてはいましたが、その時は半信半疑でした
本当に辞められるの?辞めていいの?
このままが良いんじゃない?
人間関係も良くて楽だよね?
長く働いてきたのに
フルタイムを手放していいの?
変化することは怖いです
脳は安全を求めますから、変化を嫌います
思考が「辞めること」をやめさせようと、いろんな言葉を投げてきました
揺らぎながらも、怖いと思いながらも、気持ちは固くなっていくばかりで
そんな自分を見ていると
「やめたいんだな」「もう決めているんだな」と思いました
私が辞めると言ったから、会社も採用や引き継ぎなど私が辞める方向に進み、辞める日がやってくる
当たり前のことなのです
その間、覚悟を決めて、家族にも会社にも辞めると伝えて、準備をしてきました
辞めるのは、悲しいしさみしい
会社への感謝も新しい生活への希望もある
現実が進んでいくのを見ながら
「本当にできてしまった」と不思議な感覚でした
なぜだろうと思っていたのですが
ここまで書いて気づきました
私は本当に今まで
「誰かのために」で生きてきて、大きな節目でも「自分のために」決めたことがなかったのですね
だから
「そんなことできたの!?」
「今までやってこなかったんだけど!?」
と意識が驚いているだと思います
誰かのためには、誰かのせいにできます
私はあなたのために頑張ってきた
それは報われる時もあれば、報われないこともあります
他人が基準だから、相手の気分や受け取り方、思いに左右されます
報われないと思うことが積み重なれば、「わかってくれない」「こんなにやったのに」といつでも被害者にもなれます
私は、そんなふうに生きてきました
頑張っても報われなくて、苦しくて生きづらかったけど、「誰かのために」以外の生き方を知らなかったから
頑張っても頑張っても、虚しくて孤独でした
頑張ればいつか報われる、それが美徳で正しくて当然だと思っていました
でも、頑張るかどうかも自分で決めていい
「頑張る」「頑張らない」の2択しかなかったところから
「わからない」「答えたくない」「今はいい」「やっぱりやらない」を答えにしてもいいと知りました
「誰かのために」から「自分のために」に変わると、誰かのせいにはできなくなります
言動の責任を取るのは、自分です
こんな言い方をすると、大変そうに聞こえるかもしれませんが
実際には、自由が増えて心から軽くなって
内側から満たされていく感覚です

自分がやりたいと思うことが叶っていく
そこに自分が満足するのですね
「誰かのありがとう」よりも「私のありがとう」が、自分や家族を豊かにしていくのだと思います
変わるって怖いです
でも、それ以上に楽しくて嬉しいと感じています
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