1999年、20歳の春。

大学2年生の終わりの春休み。

 

 


約3週間の

短期の語学留学で

アメリカに渡り

 


 

とってもとっても

楽しい時間を過ごして

 

 


帰ってきた関西国際空港で

携帯(当時ガラケー)の

電源を入れた途端に

 

 

両親からの、たくさんの

着信履歴と留守番電話。

 


 

「なんだなんだ!
せっかく楽しい時間を

過ごしてきたのに、、、!」

 

 


とちょっとイライラしながら

聞いた留守番電話のメッセージで

私はその場に立ち尽くしました。

 

 

 


『弟が、死んだんだ。

日本についたら、すぐに電話して。』

 

 


一瞬日本語の

意味がわからなくて

空港にへたり込んで

どうしていいか

わからなくなりました。

 

 

 

本当は、実家には帰らず

そのまま一人暮らしの家に

帰る予定が

 


 

急遽実家に帰る

飛行機を予約しなおし

 


 

ずっと心臓がバクバクして

嫌な汗をかいて

思考がまとまらないまま

実家に帰りました。

 

 


そうしたら

親族一同が実家に集まっていて

 


 

全員が泣きはらした目をして

 


 

『さとこが帰ってきた!!』

 


 

と玄関に集まってきて。

 

 

 

弟の遺体と対面しました。

 

 

 

最後に彼にあったのは

つい3週間前。

 

 


アメリカに行く前に

春休みに実家によって

二言三言

会話を交わして。

 

 


その1年ほど前から

高校生だった弟は

すっかり引きこもって

 

 


そんな弟に

過干渉の母と

逆ギレする父が過剰反応し

 

 


どんどんどんどん

外界との交わりを

断っていっていました。

 

 


引きこもる弟

それに過剰反応する両親

 

 


毎晩のように

一人暮らしの家に

母から不安の電話がかかってきて

 

 


『とにかくそっとしておいてあげて』

 

『余計なことするな』

 

『味方でだけいてあげて』

 


 

電話越しに

そう伝えることしかできなくて

 

 


たまに弟を

無理やり電話越しに

ひっぱりだして

 

 

『あんたは何も考えなくていい』

 


『実家の病院は私が継ぐから。

もちろんあんたが継ぎたいなら応援するけど』

 


『あんたは自由に生きたらいい』

 


『もうさっさとそんな家出ちゃいな』

  


『何かあったらいつでもいって。

私は味方だよ。』

 

 


声をかけ続けて。

 

 

長期休みのたびに

実家に帰って

 

 

ただただ黙って

返事しない彼と

 

 

ただただ一緒に座って

たまにぽつぽつ会話して。

 

 


自分を傷つけようとする

姿をそばで見ながらも

 

 

『それは私は嬉しくない』

 

 

と、過剰反応しないように

気を付けながら伝えて。

 

 


アメリカに行く前に

めずらしく

 

 

『野球が見たいから』と

一緒に関西まででてきて

 

  

空港で別れて

 

  


私は『またね!』って

声をかけて。

 

 


弟は『もう行くんだ』みたいな

びっくりした顔をして

でも、黙って私を見つめて。

 

 

背を向けたのは、

私が先だった。

 

 


3週間、アメリカで

とってもとっても自由に過ごして

 


 

アメリカの文化の解放感


誰の目も気にしなくていい環境


温かいホストファミリー

 

 

日本では全くと言っていいほど

経験できなかったものを

たくさんたくさん経験して

 

 

やっぱりアメリカで

働けるようになりたいな、、、!

 

 

そう夢と希望に膨らんで

帰ってきたあとが

弟の遺体との対面でした。

 



これはイギリスの公園。アメリカも、本当に大好きだった♡

 



なんで???

 

どうして???

 

私は何もできなかった

 

腹が立つ

 

あんなに寄り添ったのに!!!

 

私はどうすればよかったんだろう

 

自分勝手!!!!

 

ごめんなさい、、、、

 

 

一晩中弟の遺体のそばで

様々な感情の嵐のなか

ほぼ眠れず世があけて

 

 

火葬されるまでずっと

ただただそばにいることしか

できなかった。

 

 

はじめての、リアルな

『人の死』『家族の死』

 

 

そして



『私より早く死ぬ

予定のなかった人の死』

 

 

を経験した、最初の出来事でした。

 

 

 

あのとき、様々な

感情の嵐の中で感じたのは

 

 

 

弟は、もう

これ以上人生に

未来も希望も見いだせなかったし

 

 

諦めちゃったんだな、ということ。

 

 

 

私は、同じ環境に生まれ育って

両親がかなりキャラ濃い両親でw

 

 

その過干渉が

私が実家にいるときは100%

私に向かってきていたけど



(私言うこと聞かない

やつだったんでね、、、w)

 

 

私よりずっと優秀で

優等生だった弟が

私がいなくなった途端

 

 

だんだん学校に

ついていけなくなって

 

 

今までは努力もせずに

勉強も、スポーツも

何不自由なくできていたけど

 

 

『自分のために頑張る』


『うまくいかないという局面で

やれるように努力してみる』

 

 

その経験が乏しすぎた弟は

どうリカバーしていいかわからず

 

 

そのまま



『できない自分』に

絶望したまま

 

 

人生に絶望したんだろうな

と今は思っています。




(私の勝手な想像で

真実はわかりません)

 

 

 

一方私は

なんとか実家を出て

一人暮らしをはじめてから

 

 

はじめこそ怖かったものの

 

 

どんどん親の過干渉や

価値観から抜けるのが

嬉しくて楽しくて。笑

 

 

 

やっとやっと

私の人生がはじまった。

 

 

そんな感覚でした。

 

 

 

だから、弟も

実家さえでれば、きっと。

 

 

 

それまで、なんとか

支えていけれれば。

 

 

 

そう、思っていたのに。

 

 

 

 

あの出来事から

私のすべての人生が

変わりました。

 

 

本当は、内科医になって

実家の病院継ぐか、、、と

思っていたけど

 

 

弟に伝えたかった

でも伝えられなかった

 

 

その言葉を

 

 

弟と同じように

未来に絶望している

子供たちに届けたい。

 

 

 

『あなたは生きていてよくて


人生はこれから

いくらでもリカバーできる』

 

 

 

それを、伝えたい。

 

 

 

その思いで、

小児科医になって

 

 

紆余曲折あり

児童精神科医師や

小児の心身症医師はやめて

NICUをやることになり

 

 

そこでまた

様々な家庭事情と

深く深く向き合うことになり。

 

 

 

『身体』だけでなく

『心』も元気にしていきたい

 


 

人生なんてしょうもない

 

人生なんて、こんなもんだ

 

運命は、変えられない

 

 

 

そういって

未来を諦めるんじゃなくて

 


 

人生は、どこからでも

自分で作り替えていけるし

 

 

いつからでも

どんな状況でも

人生を楽しむことはできる

 

 

 

弟が死んで

とても絶望したし

 

 

私は一人残されて

この癖強両親や親族

どうしたらいいの???

 


医者じゃないと

私には価値がない

 


陰キャのオタクで

大学の部活でさえいじめられw

恋人もいない

 

 

そんな中で

自分に問うたのが

 

 

『じゃあ、私は

そんな状況で

死にたいか??』

 

 

 

やっぱり答えは

NOだったんです。

 

 

 

『この人生を

どこまで楽しめるか

やってみたい』

 

 

『人生ってやっぱり

結構面白かったよ!』って

 

 

弟にいってやりたい。笑

 

 

そして

 

 

『人生って案外

とっても良かったよね!』

 

 

て言ってこの世を

楽しむ仲間を増やしたい。

 

 

 

そう思って

医学の範囲を飛び出て

起業したのが4年前。

 

 

あの頃の願いが

着実に広がって

 

 

『さとこさんの商品のおかげで

人生が変わりました』

 

『生きるのが、すごく楽になりました』

 

 

そう言ってくれる人が

一人また一人と増えていて

 

 

思い切って勇気を出して

『起業』を選んで

よかったな、と今

振り返って思うのです。

 

 

 

この人生で

どこまで行けるのか。

 

 

どれだけ、人生を

楽しめる仲間を増やせるか。

 

 

自分でよかったって

思える人を増やすのか。

 

 

 

ただそれだけを

私は楽しみに

このビジネスを

届け続けているのです。





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