こちらの続きです♡
『人のために』
それを大義名分に
ひたすら人の顔色を伺い
相手の意向に沿うように生きてきた私。
それにはっきり気づいたのは
仕事をし始めて数年経った頃でしたが
本当は
ずっとずっと前からそうだったのです。
私の素材としての
空気を読みすぎてしまう
相手に同調しすぎてしまう
というものが
『自分』というしっかりした軸がないために
間違った方向に働き続けたのです。
空気を読むことに長けていて
(でも『自分』を見ていなかったから、読んだ空気を完全に翻訳し間違えていましたが

)
相手がどうして欲しいか
相手が何を言って欲しいかわかるから
相手が望むように返答する
私は自分の素材を完全に
『自分不在』で
『相手軸』で使い
『自分が言って欲しいことを言ってくれる私』
を求める人が
頼りにして集まってくる
私は相手の見えない要望を読むことに
勝手に全力を尽くして疲れ
言って欲しい言葉がある人たちはその時だけ私を頼る
私はそれが不安で不安で
もっともっと
『あなたが言って欲しいこと、やって欲しいことをやってあげる優しい私』を演じ続ける。
しかも本当に傲慢なことに
私はそれを勝手に『優しさ』だと思っていましたが
今から考えると完全に相手を馬鹿にしていました
いうこと聞いてあげたら好きになって貰える
良い顔してたら頼って貰える
でも、こっちは『優しく』しているつもりが
本当は相手に『私の穴』を埋めてもらうために
クレクレクレクレ言っているだけだった
だから
ちゃんと『自分軸』がある人にはそれが伝わって
ウザがられたり
嫌がられたりする
当然です。
私は相手に優しくしている、と勘違いしながら
本当は
相手を依存させようとしていた
相手を依存させることを『頼られている』と履き違えていた
頼ってよ
依存してよ
と思いながら
相手を馬鹿にしていたのです。
相手を
依存しないと生きていけないような
自立していない存在として扱っていた。
外側さえ合わせていれば
こちらの欲しいものをくれると勘違いしていた。
そして
空気を読むのは相手のため、と思っていたけど
結局は自分の不安を埋めるために読んでいただけだった。
本当は
相手のことなんて何一つ見ていなかった。
私は私のことしか考えていなかったのです。
そして結局のところ
一番自立出来ていないのは私だったのです。
またまた続きます♡笑
