それは、断捨離した時に思った
”物”を持つよりも、”空間”を大事にしたい。
こう思っていた”空間”が、
実は、私の部屋のスペースなんかよりももっと広大に、無限に、本の中に広がっていたということ。
その広がりは目に見えないものですが、明らかにあって、
読んでいるとき、自分を超えてはるか大きなものに「繋がっていく」感覚がありました。
これは私的見解で検証中ですが、
漫画や映画よりも、
この読書、という行為は
とても深い深い意識の広がりを感じます。
(もちろん漫画や映画よりも読書が優れている、というような馬鹿げた話ではなく♡)
あれは、本当になんなんだろう。
想像力がより働くから?
ただ、想像力で違う世界に行っている、というだけではとても追いつけないような、
はるかに遠く、大きい場所。
無限の広がり。
肉体はここにいるのに、
意識が、
魂が、
大きく広がって
深淵を覗き込んでいるような。
気のせいではなく、
間違いなく広がりを感じます。
雑食…笑♡
この感覚、何かに似ている…。
と考えて思い当たったのは。
瞑想。
そして、ヨガの最後のシャバアサナ。
この二つの感覚と一緒だと思い当たりました。
瞑想をしていると、
だんだん意識が肉体を越えて広がっていく。
自分の肉体を見下ろしているような。
部屋を越えて、大きく大きく。
そして、ヨガの最後のシャバアサナ。
これは『屍のポーズ』と呼ばれていますが、
このシャバアサナ。
例え数分でも、ポーズから醒めていくときは、いつもいつも不思議な気分になります。
深い意識の底から、ゆっくりと身体を思い出していく。
私は、どこにいるんだろう。
私は、どこにいたんだろう。
一回死んで、生まれ変わったようだ。
ある日の夕焼け♡
言葉にするなら、そんな感じ。
最初は、『屍』という言葉に思考が引きづられているんだろうなぁとあまり気にとめていなかったのですが。
やはり、確実にあるあの感覚。
読書も。
瞑想も。
そしてシャバアサナも。
きっと源に還る時間なんだ。

