大堀恵美子さんのこちらの記事♡
是非全部読んでください〜〜!!ラブラブラブ

恵美子さんの綴る美しい言葉が大好きです♡

そして、さきこさんや恵美子さん、そして設定変更仲間たちが紹介してくださる本はついついポチッとしてしまいますラブラブラブ笑笑

恵美子さんが書かれている、

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それは、断捨離した時に思った

 

”物”を持つよりも、”空間”を大事にしたい。

 

こう思っていた”空間”が、


実は、私の部屋のスペースなんかよりももっと広大に、無限に、本の中に広がっていたということ。

 

その広がりは目に見えないものですが、明らかにあって、

読んでいるとき、自分を超えてはるか大きなものに「繋がっていく」感覚がありました。


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これ、
むちゃくちゃ分かる〜〜!!と感動しました。

読書に没頭していて、ふと我に返ると、

自分がどこにいるのか、
誰なのかも、
一瞬わからなくなるあの感覚。

ずーっと同じ場所にいるのに、
遠くまで旅していたような時間。

 

これは私的見解で検証中ですが、


漫画や映画よりも、


この読書、という行為は

とても深い深い意識の広がりを感じます。


(もちろん漫画や映画よりも読書が優れている、というような馬鹿げた話ではなく♡)


あれは、本当になんなんだろう。

想像力がより働くから?


ただ、想像力で違う世界に行っている、というだけではとても追いつけないような、


はるかに遠く、大きい場所。

無限の広がり。


肉体はここにいるのに、

意識が、

魂が、

大きく広がって

深淵を覗き込んでいるような。


気のせいではなく、

間違いなく広がりを感じます。

雑食…笑♡



この感覚、何かに似ている…。

と考えて思い当たったのは。


瞑想。

そして、ヨガの最後のシャバアサナ。


この二つの感覚と一緒だと思い当たりました。


瞑想をしていると、

だんだん意識が肉体を越えて広がっていく。

自分の肉体を見下ろしているような。

部屋を越えて、大きく大きく。


そして、ヨガの最後のシャバアサナ。

これは『屍のポーズ』と呼ばれていますが、

このシャバアサナ。

例え数分でも、ポーズから醒めていくときは、いつもいつも不思議な気分になります。


深い意識の底から、ゆっくりと身体を思い出していく。


私は、どこにいるんだろう。

私は、どこにいたんだろう。


一回死んで、生まれ変わったようだ。

ある日の夕焼け♡

言葉にするなら、そんな感じ。


最初は、『屍』という言葉に思考が引きづられているんだろうなぁとあまり気にとめていなかったのですが。


やはり、確実にあるあの感覚。


読書も。

瞑想も。

そしてシャバアサナも。


きっと源に還る時間なんだ。


そういえば、何かの本で、
睡眠中は魂が故郷に帰っている、
だから睡眠後は元気になるって読んだことがある。

そして、瞑想は、短時間でも睡眠後と同じような回復力があると学んだ。

やっぱり、源と繋がるから充電されるんだな。

そして、
読書も、瞑想も、ヨガも。
そして、ノートも♡

肉体はここにいるけど、
終了後、とても遠い場所に行ってきたような、
魂が旅してきたような気分になります。

例え外出自粛中でも、
自宅にいながら、
一人で勝手に
自由と広がりを感じる事が出来る。

次はどんな旅に出よう?

でも、それさえも肉体の私にはわからない。
やってみるだけ。
感じてみるだけ。

次のお供を模索中です♡