先週に引き続き、金曜日は「私」の話です。
「その頃の私の話①OL時代」はコチラ→■
新婚時代は名古屋で始まりました。
職探しをしていたときに、求人雑誌に「日本語教師」の紹介を偶然見つけます。
「これだ!」と思った私。
今思えば天のお導きのようです。
教えるのが好き、人とかかわることが好き、
日本にいても国際貢献(というとおおげさだけど)できる、
そしてずっと勉強を続けることができると思ったから。
「勉強」いうのは学校の勉強ではなく、「学び続ける」ということです。
今ならどんな仕事でもずっと学び続けるのは当たり前だとわかりますが、
その頃はよくわかっていませんでした![]()
求人情報誌に載っていた専門学校に問い合わせをし、
試験を受け、約1年間日本語教師になる勉強をしました。
そしてそのまま日本語学科の非常勤講師に。
それから10年にわたり日本語教育と外国人支援・交流にかかわることになります。
仕事の準備は本当に大変でしたが、やりがいのある仕事でした。
学生たちを家に招いて食事会をしたこともありました。
外国で暮らす彼らの悩みを聞いてあげるしかできなかった、
ふがいなさを感じたこともあります。
何の仕事もそうですが、順調なときばかりではありませんよね。
いろいろなことが重なり、異文化を楽しむ余裕がなくなったのか・・・
ちょっと疲れが・・・。
そんなとき、夫の本社(東京)への転勤が決まります。
またしても天のお導き?名古屋に来て5年が過ぎていました。
日本語教師になって4年。
結構仕事の量も増え、スキルも上がり信用度も高まっていただけに、
やめるのは残念でしたが、
一方でこの仕事から少し距離をおけることにちょっとホッとしたのも事実でした。
夫の転勤とともに彼の実家で姑との同居生活が始まります・・・。
「その頃の私の話③女性であること」は来週金曜日に。
最後まで読んでくださってありがとうございました![]()