さて、楽器も買い、カラダもココロも元気にリフレッシュ出来たお江戸旅は終わり、京都に帰る日となった。
その日はお盆休みに入る前日の金曜日。夕方だったので、家族連れとサラリーマンのおじさんんたちで新幹線は満席。真ん中の席を縦に3列でしか取ることが出来ず、しかも16車両中の16両目というギリ&ギリの詰め合わせセットで帰ることになったのである。
東京駅、出発の10分前に乗り込むと、ワタシの席の両側にはすでにおじさんたちが座っていた。しかも通路側のおじさん、前のテーブルさげて牛肉弁当を広げている。
はえ~なぁ
と、そこに入るのをやめて、後ろのムスコのガル男の席にまわり、そこから、荷物を3つ棚に上げることにしたのである。
すると、背後に人の気配を感じたので振り返ったのだが....。「荷物、手伝いましょか」なんて言うてくれるんかな、と思いきや、窓側の席を指さし、「そこ、わたしの席!」と言うてきたのだ。
まぁ待て
もう、アメリカやったら、ここ、ダンディなおっちゃんがこっちの荷物さくっとあげて、うっとりサンキュー言うたら、ウインク返してくれる、という
ドキドキホルモン大放出
ちゅう枯れ行く一方のオバハンには大事な若返りの瞬間やというのに、なんや、このがっかりシチュエーションは・・・とため息をつきそうになってしまったのである。
こうして、牛肉弁当を一旦引き上げてもらって席に着き、1時間45分、名古屋に到着する時だった。ガル子の隣に座っていたおじさんが、頭上からスーツケースをおろし歩き始めたのだが、それが我が家のスーツケースのように思えたガル子。再度確認したら、間違いないウチのやっ、とわかり、「あのそのスーツケース」と言ったのと同じくらいのタイミングでおじさんも、これちゃうわ、と気づいたのである。
おじさん、慌てて今持っているスーツケースを手放し、自分のスーツケースを降ろしてダダダとデッキへ急ぎ降りて行ったのである。そう、我が家のスーツケースを通路に置いたまま・・・。
放置...プレイ?
ガル子あっけに取られてもうたのだが、そのスーツケースを通路に取りに行っている間に、その空いた席に名古屋から乗ってきた人がやってきて、さくっとスーツケースを頭上に置いてしまったのである。横向きに置かれてしまい、我が家のスーツケースの置き場がなくなってしまったのだ。
困ったガル子、ワタシのところまでやって来て、「おじさんが間違えてスーツケースおろしてもうて、そのまま放って降りて行った」と一部始終を見ていなかったワタシは、ふん・・・・へ?と状況を理解するのに一苦労。
取り敢えず、ワタシのいる席の一つ前あたりにスペースがあったので、そこに荷物を入れたのだが・・・。
いや、これは日本のおじさんたちの優しさが足りない、ということを訴えたいのではない。ワタシが感じたのは、おじさんたちのギリギリな感じと疲労困憊ぶりである。
この新幹線の一件以外にも駅構内で急いでいるおっさんに突き飛ばされたり、コーヒーショップで我々の後にオーダーしたおじさんが、自分のが出来上がるのはまだかと店のスタッフにキレたりと、しんどそうなおじさんたちが繰り広げる窮屈なシーンをいくつも見て来たのである。
働き方改革のせいで、おじさんたちの世代にしわ寄せがいっているのか、はたまた、おじさんたちもその改革で恩恵を受けつつも、まだまだ心と行動に余裕がでてくるまでには程遠い位置だということなのか・・・
そもそも「改革」と銘打たないと休めないこの日本は、全体が疲弊しているんだろうな、と。こうなったらみんなで一斉に「忖度」「圧力」「手厚いサービス」「人員不足」などのおかずがのったちゃぶ台を「普通のおかずをのせんかーい」つって派手にひっくり返して、一気に人間らしい生活にシフトできたらええのにな...
と想像だけしてスィーデンが待つ、いや、水田が待つ我が家へと帰ったのでありました。
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そそ、これが例のスィーデン
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