駐妻になり、色んな国の奥さん方や、その地域の人たちと交流を深め、そこから得た知識や事柄は自分にとって財産だと思っている。


が、しかし、国により捉え方や文化が違い、後々ハッとさせられることがある。


今やSNSの発達でそんなみんなとも簡単に連絡が取れるのであるが、彼女たちの投稿も見える。


日本は人が亡くなっている状態をテレビや新聞などでは報道しない。

あるアメリカ人が、「それは本当のことを報道していないことになる、なぜ日本のマスコミは人の「死」を映さないのか。どれほど悲惨な出来事であったか、とどうやって伝えるのだ」と言っていた。


これには、よい回答が見つからなかったのを覚えている。


先日のネパールの地震。

タイに住む友人は、その地震の被害状況の記事に、被害者のために祈ろう、というコメントをしたのだが、その結果、私のタイムラインにも現れた。


間違いなく日本人がこれまで全く目にしてこなかった画像が私のタイムラインに大量に出現。

ちょっとどないしよ・・・、は正直な感想。


しかし、これが国・文化の違いであり、捉え方の違い。

その投稿には数多くの多国籍の人たちからのコメントが入っていたのだが、日本人からのコメントは見当たらなかった。


なんとなくではあるが、諸外国の友人に比べ、自分はいつもこういう状況を本当に直視していないのではないか、と思った。どこか、遠くの場所で起きていること。そこに知り合いがいれば深く関心を示し、そうでなければ、一つのニュースに過ぎない、といった。それはもしかしたら、直視すべき状況を制限された報道の中で見なくていいようになっているからなのか、と。


ただ、むやみやたらに恐怖をあおることにもなり、それがない日本人だからこそ、災害時にその恐怖がよみがえらず冷静に対応ができるのだ、という記事も読んだことがある。


異文化というのは時に、普段何も思っていないことを考えさせられるいいきっかけになったりもするのだと知ったのである。




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