アメリカで普段着ている服を一時帰国で着ると、そのだらしなさ、というか、ヨレっとした具合というか、布地が薄いというのだろうか、一人パジャマに毛が生えたような格好に思えて、慌てて服を買う。
日本で買うその服には、艶というか、奥行きというか膨らみというか、途端に女子力がアップしたようになる。
ところがだ。
現地の学校行事で足を運ぶと、そのヨレっとした服を着ているにも関わらず、迫力満点でイケているアメリカ人のオカンたちを多く見る。
「ヨレっと」をどう調理したら、そないにファンタスティックないでだちになりまんのんか。
先日のハロウィン。
学校で仮装パレードが行われるので行ったのだが、子どもの仮装よりも、オカンのファッションに目が行く。
パンツ、ややヨレっとしたセーターにブーツとダウンジャケット。
至って普通のアイテムなのに、光っている。何故なのか・・・。
ブロンズか。
そうか髪の毛の色か。
あのブロンズが何よりものスパイスであり、全身を完成させている。
ないわー、それは持ってないわー。
いや、しかし、黒髪や茶髪のオカンもガツーンと光っている。
プリンとしたオケツ様にどこまでも伸びるおみ足、そして授乳はされましたか?と問いたくなる、今もって現役感のあるボイン様。見れば見るほどに、ブロンズ以外の「ヨレっと」を軽く転がしている要素が見つかる。
要はハード面において彼女たちと自分には体型、骨格的に大きなへだたりがあり、たとえざっくりとしたパターンの洋服であっても、その凹凸のある「己の身体」で女の魅力と迫力をのせて服を着ることができるのだ。
見れば見るほどにマッチ棒な私はヨレっと服は、よりヨレっとに見える方程式となっている。
解いても解いても答えは同じ。
ならば、なぜ日本の服であれば、このマッチ棒にも「女」エッセンスが加わるのか。
そこには、このへらべったいまな板みたいな身体に膨らみをもたらせるデザインや、前と後ろで身頃のサイズを変えたりなど、小さなしかし大きな効果を生む「パタンナーの努力」があるからなのではないか・・・。
外へ出て知る、日本の努力。
ありがとう。