FBに投稿した写真に友人が書いた一言「貫禄」がズバリ心に響いたので、今日はこのことを書きたい。


うちの旦那は帰国子女だ。3歳から10歳までアメリカにいた。彼は4人兄弟で、上からに二番目にはお姉さんがいる。


そのお姉さんと私は同い年だ。そう、わたし、姉さん女房。


彼女と私は、18歳の時、お互いのことを知らない状況ではあるが、同じ大学を受け、彼女は受かり、私は落ちた。そこは帰国子女だらけの東京の大学。その彼女と会ったのは、私たちの結婚が決まった時。


彼女にも、そしてその帰国子女だらけのあの大学でみかける女子たちにも共通するものは、「貫禄」だ。横向きにワイドに育ったという意味ではない。


何ちゅうか、落ち着いているというか、達観しているというか、動じないというか。


今、自分の娘がそうなろうとしている。


娘は2歳で微笑みランドに行き、インターに4年通い、小学1年生の夏に日本に戻った。2歳以降に入った単語は英語で、それまでの単語は日本語という頭の中身ゆえ、帰国してしばらくは、うっかりすると、犬を見ると「ワンワン」と言いかけたり、麺をみると「ちゅるちゅる」と言ってしまうこともあった。


色んな国の人間がいるから、いろんな考え方がある。外国では、意見が違っても行動が人と違っても、そんなもんだと受け入れる用意が最初っからある。


でもほぼ単一民族のニッポンで、同じであることが良いとされるニッポンで、違いすぎる娘は学校で色々あった。最初の頃はほぼ毎日、家で泣いていた。クラスの子供たちが悪いというわけでもなく、ニッポン人としてありがちなパターンだけに、親として、なんと説明したらいいのか、えらく困ったこともあった。


娘が習得したことは、日本では出来るだけ同じように合わせて行動、発言をする、その中でほんの少し個性を出す。親から見ると、だいぶ個性が漏れているように見えたが、彼女なりにセーブしているのはよくわかった。


そして外国では、しっかりと主張して出し合って友情を深める。彼女は日本とその他の国で、二つの性格を持つようになったと思う。


おそらくこれが、その「貫禄」的雰囲気につながっているんではないかと思う。客観視してるんやと思う。11歳が物事を俯瞰で見ようとする。そうしないと、うまく収まらないと知っているような.....。


私は海外転勤どころか、田舎生まれ田舎育ちの引っ越しすらしたことのない母親だ。ちょっと考えるところがあって、これから先どうしたらいいのか帰国子女の先輩、旦那に指示を仰ぐこともあるが、「覚えてへん」「忘れてもうた」と全く使えないのである。


もしかしたら、私がする心配ごとの類は帰国子女本人にとっては、忘れてしまう程度の小さなことなのか。とにかく、母として、アメリカにいる今も、帰国するこの先も、目の前で起きていることにしっかり向き合って、帰国子女の子供たちを育てて行きたいと思う。



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