母がめまいで倒れてしまいました。
失神して、顔面を打って、
試合の後のボクサーのような顔になってしまいました。
まだめまいが続いていて、一人で歩けません。
試合の後のボクサーのような顔になってしまいました。
まだめまいが続いていて、一人で歩けません。
それで、母のところに泊まっています。
だいぶ、回復してきましたが、まだ父も不安な様子なので
今日もいようと思います。
おばあちゃまにそっくりになってきた母をみて
私をこよなく愛してくれて、可愛がってくれた
おばあちゃまのことを想い出しました。
そして、母といろいろな思い出話に花を咲かせました。
だれでも始まりの時があり
だれでも終わりの時がある。
逝ってしまった人たちのことを想うと
あたかも時間が止まってしまったかのように感じる。
その時、私も、
その共有した時間の中に隔離されたような感覚がしました。
その共有した時間の中に隔離されたような感覚がしました。
母が「万が一、なにかあっても、延命措置はしないでね」と言いました。
私も同感!私もいやだわ・・・
そんな話もしたり・・・
それからお墓のことも話しました。
私が
「私はお墓には入りたくない、樹木葬がいいなあ」というと
母も
「そうねえ、いいわねえ・・・できれば春に花が咲いて、
実がなる木がいいわねえ。そうしたら、
小鳥がきて、寂しくないものね」
小鳥がきて、寂しくないものね」
と。
どんなふうに死にたいか、ということを想うというのは、
けっしてネガティブなことではなく
いかにそれまでを生きていきたいか、ということ。
どんなに健康でも
確実に死はやってくる。
母と二人で、ゆっくり笑いながら、
*写真は、私の祖父、祖母、曽祖母、伯父(昭和5年ころ)
母の部屋に飾ってある
おじいちゃま
おばあちゃまの
古い時代の写真がいつもより輝いていたように見えました。
そして、こうして自分があるのも
氣が遠くなるような数々の奇跡の出逢いがあったからなのだ、と
ひとつの命がどれほど奇跡であるのかを
想いました。
私の命につながっているすべてのご縁に
心から感謝します。
今日、阪神淡路大震災から21年目。
家族との絆をいろいろな意味で想う日なのかもしれません。
家族を大切にする世界でありますように。
そして、家族を大切にするように
世界を大切にする人類となりますように。
ありがとうございます・・・
合掌
↓参加してみました。
よろしくお願いします。
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