現在セドナ時間26日朝9時半
天気予報では、晴天と出ているのに、空が灰色にくすぶり、煙で濁った太陽が、怪しげな黄色い影を地上に落としています。
確かに煙の途絶えているところは、青空があるからこれは煙なのでしょう。
山火事は、16400エーカーに達しています。
今朝の最新ニュースの山火事の地図を見て、正直、愕然としました。
これは、東京ドーム約5467個分、東京都の中野区、渋谷区、杉並区を合わせた面積くらいです。説明によると、西側の赤い部分の端には道がありますが、
そこから東に向かって人工的に火事を起こしたということです。
そして、今日も、引き続き、
あの化学薬品の詰まったピンポン球で人工的に火事を起こし、
火をサボテンやブッシュしか生えていない場所へ誘導し、
そこで鎮火させるという作戦らしい。
今日も、さらに人口的に火事を起こす burnout operations が
続くため、さらに煙がひどくなる、とのこと。
人間の手では、そういう形でしか
火を食い止めることはできない、ということなんですね。
火で包囲してそれ以上火を町の方へ広げないようにする、
ということが最優先事項だから。
乾燥している今、水による消化は無理だと判断した
苦肉の策である、ということは分かっているし、
感謝もしています。
でも正直言って、胸が痛みます。
私達、人類は生態系のトップにあるかもしれない。
でもそれは、自然を支配できる、という意味ではない。
私達も、この地球という星の生態系の中で生かされている
一部にすぎない。
西洋的発想は、
自然 VS 人間
という自然を制覇しようという好戦的発想だと思う。
それが、効率と利益を追求し、人間の欲望を満たすための原子力、気象コントロール科学(ケムトレイル)、遺伝子組み換え、Monocrop agro (単一農作物農法)など、を生み出した。
アジアやネイティブの部族的発想は、
人間も自然の一部として生かされている、という共存的発想。
日本も今は、西洋的発想を良しとして、
物質文明を謳歌しているけれども元々は
自然崇拝的な部族的発想の民族であったはず。
私の胸の苦しさは、日本人のDNAに眠る
自然崇拝の記憶から来るものかもしれない。
アメリカ原住部族の人々は、
七代先の子供達を想って、今を決断する、という。
それは私達も、七代前のご先祖様たちの想いの上に
今を生きている、ということだ。
しかし、その頃の人々が考えられなかったような時代を私達は生きている。
自分個人に与えられている命を尊び、
生き抜くことが自分に与えられている命への
最大の感謝であることは間違いない。
それと同時に、私達は「人類」という種としての責任も負っている。
その責任において、私達は未来に続く
七代先の子供達を想って、
自分の今の行動を決断するべきだと思う。
それは、身近なところから、
出来ることを出来るだけでいいからする、ということ。
大きな海も、一滴一滴の水が集まってできているように
私達の一つ一つの判断が未来の大海原の雫になっていく。
七代先の子供達が生まれるころ、
この森も再生しているだろうか。
撒いたケミカルも中和され、
自然の力で大地は蘇ることができているだろうか。
世界中の人間が破壊してしまった自然を
今の私達がどう対処するかで、
未来の子供達の世界は変わっていくだろう。
地球の大きな命の循環の流れの中で
この燃えている森の未来に希望を描きながら
一刻も早い鎮火を祈ります。
合掌


