2022年9月にロンドンで

ひとりの青年が

警察官に射殺されました。

 

青年は丸腰、つまり

銃などは持っておらず、

車を運転していたところを

警官隊に取り囲まれ、

うち一人の警官が放った

銃弾に頭部を打ち抜かれ死亡。

 

この警官の行為の

是非をめぐる裁判で

昨日(21日)判決が出ました。

 

事件当時、青年は

イングランドで発生した

発砲事件に

関連していたとされる

車両を運転していました。

 

車を停められ、

警察車両に四方を

包囲され、にもかかわらず

青年はそこから逃げようと

車を何度も前進・後進させた。

 

発砲した警察官は

「このままでは同僚警官の

命が危ない」と判断したと説明、

「殺意はなかった」

必要とされる発砲だった

 

昨日の判決は警察官に

罪はない、とするものでした。

 

この判決を受け青年の遺族は

「耐え難い悲しみに

不公正という痛みが

加わった」と表明、

遺族を支持する人々150人が

裁判所の前に集まりました。

 

警察は昨日事件当日の

ボディカメラの映像を

公開していて、

 

 

 

 

それを観た私などは

「これは・・・発砲もやむなし、

とは言いたくはないけれど、

でもどうしてこの青年も

こんな乱暴運転を・・・」と、

つい警官側に同情してしまい。

 

いえ、警察関係者には

銃器の使用に

慎重になって欲しいとは

私も思うんですよ?

 

でもどうして青年も

こんな闇雲に逃走を

はかったんだろう、

夜道で警察車両に取り囲まれて

殺気立った警官隊に

「手を挙げろ!動くな!」と

突然叫ばれたら、私なら

いくらその高圧的態度に

腹を立てようとも

まずはおとなしく指示に従って

後からその時の

車載カメラ映像なんかを使って

正式に苦情を上げるか

報道機関にネタを

売りつけるかしますよ。

 

・・・これは私が

警察組織を過大評価というか

買いかぶっているのかなあ、

それとも私が過去に

苛烈な人種差別を

経験していないことから来る

甘さなのかなあ、いえ、

犠牲者は黒人青年なんですよ。

 

BBCのニュースなどでも

報道の切り口に

迷っている感じで、

そりゃ警官による

軽率な発砲は

咎められるべきだけど

あの現場映像を見たら

一概にあれを

『軽率』とは言えないし、

人種問題が根底にあるとも

明確には指摘できないし・・・

 

(運転者が白人女性でも

警官が発砲する可能性は

あったような状況)

 

青年は間もなく『父親』に

なるところであったそうです。

 

そして本日火曜日(22日)。

 

犠牲者であった青年の

これまでの来歴を

警察が発表しました。

 

死の前日、彼はとある

ナイトクラブで

発砲致傷事件を

起こしていました。

 

彼はギャング団に

属していました。

 

陪審員は審理中、『青年』の

過去の犯罪歴について

教えられていなかったそうです。

 

ほら、裁判の

公平性を保つために。

 

そのため報道規制も

敷かれていた模様です。

 

彼が最初の

有罪判決を受けたのは

13歳の時、刃物による傷害。

 

その後もこつこつと

地道に犯罪歴を

積み上げていった様子で、

ナイトクラブでの

発砲事件に関しては

この『青年』以外に

3名が罪を問われていて、

それぞれにすでに

懲役10年・9年・5年の

判決が下っているそうです。

 

この警察発表を聞いて、

私はまず最初に何というか

英国の警察と裁判所と

報道機関の本気を感じました。

 

日本だったら絶対にどこかから

「実はこの『青年』には

裏の顔があったんですよ」って

情報が漏れた気がするんですよね。

 

つまり今回の

情報統制の裏にあったのは

「この『警官による発砲事件』の

審理に予断があったとは

後世の何人にも言わせまいぞ」

という強い決意ですよね。

 

これはこれ(警官という

公権力による

市民殺害については

厳しく審理が行われるべし)、

それはそれ(犠牲者は

健全な市民社会に害をなす

人物であった)の精神。

 

『青年』が名うての

犯罪者であったことが

結審前に陪審員の耳に

入っていたら、そこで

彼らの判断に変化が

起きていたかもしれない。

 

警官は無罪になっても

「でもほら、あれは犠牲者が

犯罪者だったから・・・

そうじゃなければあの警官は

有罪だったはずだよ」と

生涯後ろ指をさされて

しまっていたかもしれない。

 

しかしこれは・・・

 

昨日までは

『警官無罪』の報を聞いて

「それは甘すぎでは」と

思っていた人たちの多数が

今日手のひらをかえしたというか

事件そのものを違った角度から

眺めはじめた気がします。

 

まさにどんでん返し。

 

警察当局は

この劇的効果を狙って

発表日を結審翌日にした、と

考えるのはこれもちょっと

私の買いかぶりでしょうか。

 

なお心の底の部分が

純粋に下衆い私は

『青年』の遺族の支援者が

『青年』のこの過去を

知っていたかどうか、

現在とても気になっています。

 

本当に下衆で

我ながらびっくりです。

 

 

『青年』の親御さんを始め

家族は勿論彼の

犯罪者としての顔を

知っていたと思うんですよ

 

その上でなお彼の死を悼む、

それは当然、自然の摂理

 

死の状況について

公正な裁きを望むのも

当然の権利

 

ただ支援者たちは

これ(彼の犯歴)を

知っていたのかな、と

 

知っていてなお

「警官による市民殺害が

免責される社会では

誰も安全には生きられない」と

主張出来ていたのかな、と

 

これは支援者たちを私が

馬鹿にしているんじゃないんです

 

我々が市民として望む社会が

どういうものなのか、ちょっと

考えてしまっているのです

 

我々は『警察官』に

どういう役目を求めているのか、

その重責の正しい対価とは、

あらためて考えながらの

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