ところでこの数日間の

お箏関連記事は

正しく要約するならば

『例の調子だけはいい

愚かな北国引きこもりが

豚もおだてりゃ

木に登るの精神で

お箏の調律を習い、

それが思っていた以上に

面白かったので

図に乗って

曲まで弾いている』という

話になるかと思うのですが、

世の中には心の清い人が

案外たくさん存在するものです。

 

 

 

そうした方々にとってはこれは

『思うようにお箏を

弾けなくなった母のため

今までお箏に触ったこともない

その娘が一念発起して

お箏を習い

あまつさえ調弦方法まで

学ぶほどの傾倒ぶり』という

話に聞こえてしまうらしく。

 

 

 

 

私は・・・

 

先日そうした

清い心の持ち主を

泣かせました・・・

 

これは比喩ではなく

まさに文字通りの意味で。

 

その方はご自分もお箏を弾かれ

かなりの上級者で

いらっしゃるのですが

「もし私に娘がいて・・・

私がお箏を弾けなくなった時に

そんな・・・お箏の調弦を

娘が習ってくれたら、と

想像してしまったら・・・」

 

なおこの方も私が話の冒頭で

「母のお箏の調弦が出来なくて」

と口にしたら間髪入れず

「わたくしでよろしかったら

今から調弦に伺いましょうか?」

 

あれですかね、

お箏の音って

美しいじゃないですか、

ああいう音に常日頃

触れていると

人の心はつられて

ますます美しくなってしまう

ものなんですかね。

 

お箏を弾いている皆さん!

 

世の口の上手い連中には

要注意ですよ!

 

・・・どういう話

なんでしょうか、これ。

 

 

明日はお箏以外の話を書きます

 

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