保護犬収容施設にいる犬に関して

意見対立をみた私と夫(英国人)。

 

確かに私が引取りを希望する犬は

見た目が悪い!それは認める!文句なしだ!

でも大事なのは見た目じゃなくて心、

それは古今東西のおとぎ話が

強く訴えているところでしょ?

 

(・・・あれ?王道おとぎ話だと

『貧しい美人が着飾ったら美人とわかって

めでたしめでたし』のパターンが多いか・・・?)

 

 

 

 

「しかし物事には限度があります」

というのがわが夫の主張。

 

「見た目が悪いを通り越して

ショッキング過ぎます。僕は駄目です」

 

件の犬は頭(巨大)と体(小柄)の

バランスも非常に悪いのですが

そこにさらに未去勢の

股間の一物(超大型)も加わり

「あの後ろ姿はあんまりですよ。

あの犬を家で飼ったら

僕たち、ただでさえ少ない友人と

ますます疎遠になりますよ!」

 

「何だよその理論!」

 

「僕たちの家は街から相当

離れたところにありますけど

それでも仲のいい友人たちは

ゴハンに招いたら来てくれるでしょ?

でもあの犬が家にいたら

友人たちはもう遊びに来てくれませんよ!」

 

「どういう理屈だ!」

 

「どこの誰が巨大男根を見ながら

楽しく食事をしたいと考えるんです?」

 

むう・・・しかし・・・しかし・・・

 

「常識的に考えてだな、

保護犬施設から引き取られた犬に

そこまで冷たい視線を与える人間は

世の中そんなに存在しないと思うぞ」

 

「もちろん皆こんなことは口にしませんよ。

僕らの友人たちは良識派ですから。

きっと黙って僕らから距離を取って・・・」

 

いやいやいや。

 

しかし・・・

 

そうか、うん・・・

 

そりゃ私もあの犬の

露出過多というか何か

性器の目立ち方に

思うところが全くなかった、といえば

それは嘘になるんです。

 

でも!

 

でもさ!

 

「つまり結局のところあの犬が

ここまで長いこと不人気である理由は

一にも二にもあの見た目にあると思うんだよ。

ただでさえ不細工なところにあの股間。

体格に恵まれなかった小男がそれでも

必死にボディビルに精を出すも

ストレスから肝心の大会で露出行為に走った、

みたいな・・・でもそれは考えようによっては

悲壮な行為と光景だぜ。そうだろ?」

 

「違うと思いますよ?」

 

「まあでもあの犬の場合、あの見た目が

すべての障害になっていることは確実だろ?

でもさ、私は思うんだけど、そりゃ人間誰しも

美しいものは好きだぜ?野菜にしろ果物にしろ

お皿にしろ外套にしろ、買い物先で

見た目のいいものと悪いものがあれば

それは当然見た目のいいものを選ぶぜ?

美人と不美人だったら美人のほうが

他者から優遇されることが多いとは思うぜ?

ただ、だからといってそこで

『醜いものは迫害されて当然』となったら

それはここまでの人類の歴史とは

いったい何だったのかって話になるだろ?

我々の英知は何のために

築きあげられてきたのかってことになるだろ?」

 

「・・・」

 

「人間、好みというものはある。

それは仕方がない。しかし見た目云々に

左右されない、対象の本質、中身をこそ

見つめるという、それは人の美質だ!

ここに1頭の犬がいて、健やかな心と

正しい資質を備えているのに

その見た目故に愛されない。

これはある意味、人が犬を飼うことの

傲慢さの縮図ではないだろうか。

人が犬を飼う理由は何だ?

見た目だけが良ければそれでいいのか?

見た目も中身も完璧な犬でなければ

愛される資格がないのか?そりゃ違うだろ!」

 

「君のいいたいことはわかりますけど・・・」

 

「そもそも犬の美醜というのも何よ?

私は別に自分の犬を品評会に出して

賞を取りたいわけじゃない。

チワワをカッコいいと思う感性と

チャイニーズシャーペイを可愛いと思う感性が

両立しているのが犬好きの世界だ。

あの犬は確かに世間一般基準からすれば

残念な見た目をしている、でも健康だ!

目つきはいやらしいがそれはあくまでも

生まれつきの目の形とバランスのせいで

その底には知性と優しさがある!

中身に問題がないのに外見で誤解され

愛や機会を与えられない、それは

我々にも経験がある悲しさじゃないか!

そうだろ?正直なところ、我々は二人とも

属する社会において少々規格外な

見た目を抱えて育ってきたろう?

それ故に理不尽な目にあったり

損をしたり、そういうことはあったろう?」

 

「・・・」

 

「そういう人間がああいう犬を手元に引き取り

可愛がってやらなくてどうするんだよ!

私にはあの犬はとても可愛く見える!

愛は盲目、昔の人はいいこと言った!

あの子に機会を与えてやろうよ!

当年9歳、長生きしたってあと10年だ。

彼が保護施設にいる間に味わった

悲嘆と屈辱を差し引いても余りある

幸せな余生を送らせてやろうよ!」

 

あの瞬間、勝利の女神は確かに

私の肩を抱いていました・・・

 

いえ、わが夫は結局のところ

心優しき理想主義者で、妻である私に

ここまで正論で詰め寄られちゃ

それはもう首を縦に振るしかない、というか。

 

しかし今思えばまさにこの瞬間、

私は油断したのでしょう。

 

 

 

 

ここで私は思いもかけない失言

自らの首を絞めてしまったのです・・・!

 

続く。

 

 

まあ面食いもほどほどに、という

話ではあるんですけど

蓼食う虫も好き好きという

英知の言葉も

世間には存在しておりまして

 

先日、映画好きの友人と話をしていて

「ウィレム・デフォーって

ハンサムなまま上手に老けたよね」

と私が言ったら友人は非常に言いにくそうに

「ウィレム・デフォー・・・を、

ハンサム・・・という言葉で認識したことは

私はこれまでなかった・・・かな・・・」

 

 

 

 

ウィレムはハンサムですよ、というあなたも

いいからさっさと犬の話を続けろ、なあなたも

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