猫が『喉を鳴らす音』を初めて耳にした時に
「何だこのアイドリング音。これは
猫の気管支に問題があるに違いない」
と判断した程度に私は猫のことを
知らない人間であったわけですが
(当時に比べて今は少しはましな
知識量になったとは思うんですが)、
そんな私の両親は私に輪をかけて
猫のことを知らなかった、という話。
わが父母が今回ではなく前回
我が家に遊びに来てくれた際
(割と引っ越してすぐの時期に
様子を見に顔を出してくれたのです)
(今思えばあれは
私のことが心配だったのだな)
(だってねえ、手に入れるに事欠いて
どうしてそういう家なのって物件でしたし)
(まあ今は住めば都状態)、
ある日私も夫(英国人)も
朝から夜まで仕事で家を空けなくては
ならないことがありました。
わが両親は快く留守番を申し出てくれまして、
当然の如くその一日で我が家の壁からは
すべての蜘蛛の巣が取っ払われ
(あとから母に『まさかあの蜘蛛、貴方の
旦那様のペットだったりしなかったでしょうね』
と確認される程度にひどい有様であった)
庭の石畳はブラシでこすられて磨かれ
(石なんて磨いても磨かなくても一緒、と
それまで思っておりましたが違うものですね)
床も窓もピカピカしていて、もちろん
台所には素敵なお食事が準備されていて、
夫と私は素直に小躍りして
この僥倖を喜んでいたところ、
ドアの影から母が顔を出し妙に暗い声で
「ところで二人に言わなくちゃ
いけないことがあるんだけど」
その背後から父が真剣な顔をして
「いや、まずNorizoだけに言った方がいい。
夫君に我々が直接告げては
ショックが大きいかもしれない」
・・・え?
「何の話ですか?」
「ちょっとこっち来て。猫のことなの。
確かに夫君にはいきなり言えないわ、
だってあの人、猫が好きなんでしょ」
「私だって一応好きなんですけど。
猫が何か馬鹿な真似をして
おふたりにご迷惑でもおかけしましたか」
「ううん、私たちはいいんだけど」
私と父母はこそこそと家の隅に移動し、
そこで母の目に促された父が沈痛な声音で
「お前の家の猫な。黒猫のほうだ。
あの猫、たぶん病気だ。それもかなり悪い」
「はっ?サイドスワイプがですか?」
「しっ、声が大きい!夫君に聞こえちゃうだろ!
やっぱりお前たちは気付いていなかったんだな・・・
二人とも昼は外に仕事に出かけているからな」
「な、何かその・・・吐いたりですとか
悶えたりですとか、異常な症状があったんですか」
「今日な、お父さんとお母さんはずっと一日
家の中で仕事をしていただろう。
だから気づいたんだが・・・いいかお前、
あんまりショックを受けるなよ。
こういう時はお前が落ち着いて夫君を
支えてあげなくちゃいけないもんなんだからな」
「うん。何があったの」
「お前のあの黒猫な・・・駄目だ、
俺からは言えない。
悪いがお母さんから聞いてくれ」
父の言葉に母は頷くと(この時点で
私は嫌な汗を相当かいていた)
「いい?お父さんも言ったけど、
ショックを受けすぎちゃ駄目よ。
あのね、貴方達、今日の7時半ごろに
家を出て仕事に向かったでしょ。
それで今、夕方になって帰って来たでしょ。
その間・・・その間、ずっとね、
あの黒猫は眠っていたのよ・・・!」
「・・・で?」
「朝から夕方まで10時間近くを
ずっと寝ていたのよ!たぶんもう
病気が進んで動けなくなっているのよ・・・!」
「いや、お母さん。それはね、お母さん」
「Norizo、お母さんの言っていることは本当だ。
俺も時々様子を見たが、近寄っても
身動きひとつしないし、ヒゲに触ると
片目を開けて様子を見るがまたすぐ
寝入ってしまうんだ。こんなことを聞いて
お前もすぐには納得できないと思うが、
あの猫はもう・・・まだ若いらしいが
それだけにたぶん病の進行も早く・・・」
「いやだからお父さん。ちょっと待って、
二人ともこれ、本気でおっしゃっているのよね?」
その後、私は夫の助力を得て
『猫が長い時間寝るのは普通のこと』という
猫世界の常識を両親に伝えたのですが、
二人はなかなか納得してくれませんでした・・・
猫のことを知らない皆様へ:
猫は寝る生き物です。
そして猫が喉を鳴らす音は
機械の作動音に似ています。
おかげさまで今も
我が家の猫たちは元気です。
よかったよかった。
『僕の妻は猫が喉を鳴らす音を知らなくて
初めてアレを聞いた時、何かの機械の
作動音か気管支の不具合だと判断した』
『僕の義理の両親は猫が良く寝る動物だって
ことを知らなくて、初めて猫が寝続ける様子を見て
死病に憑りつかれたと思って嘆き悲しんだ』
この二つは現在
わが夫のパーティーにおける
『爆笑鉄板ジョーク』である模様です
咳き込むまで笑い続ける人もいるらしい
いやでも猫の『喉を鳴らす音』、
聞いたことがない人は存在すると思うのよ
猫のすべてを知り尽くす貴方も
猫のどこを撫でたらいいのか想像できない貴方も
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