古希を過ぎた二人組であるわが両親が
シベリア鉄道でユーラシア大陸を
横断する計画について
事の是非の判断は後回しとし
娘としてとりあえず私は
引き留め工作に出ることにした!
(ここまでのお話は昨日の記事をご覧ください)
将を討たんと欲すればまず馬ごと一刀両断、
ここは父(イメージ武将:石田三成)よりも
母(イメージ武将:豊臣秀吉)を
落とすに限る、と敵陣を見極めた私は
「お父さんは乗り気のご様子ですが、お母さん、
ここは不安を正直に吐露してくれて構わないのよ。
シベリア鉄道、なんでも駅名に英語表記もなく
車掌さんもロシア語しか話せないという噂、
万が一を考えるとそれは怖くて当たり前」
「でもね、三成さんはこの計画を
すごく楽しんで練っているみたいだし」
まったく昭和の時代の夫唱婦随精神が
根底にあるご婦人にはまいったものです!
よし、ならば戦術を変えよう、オーウェルの
『1984年』に倣うまでもなく、人間
愛は愛で大事だが苦手なものは絶対苦手だ!
「でもねえ、お母さん、お母さんってきれい好き、
日本国内のホテルに宿泊する際にも
『トイレの除菌クリーナー』を携帯する程度には
潔癖症のケがあるほうでしょ?
私が本で仕入れた知識によりますと、ロシアって
トイレがあまり美しくない国らしいですよ」
「・・・え?そうなの?」
「そうそう、私のこの知識は主に
元ロシア語通訳その後作家の
米原万里さんの著作によるものですが、
便器を便器として使用しない利用者が
かなりの数存在するとのこと、
そんな地域の鉄道トイレ状況など
想像するだけで心拍数が上がりますよね」
私の作戦は功を奏し、母はその後
『自分は日に数回
便座に座らねばならないところ
三成さんは基本立って問題を処理できる、
これは不公平ではあるまいか』と
変な方向にねじくれはじめ、
よし、これでこの勝負はもらった、と
私がそっと拳を固めていたその時、
わが父がにこにこしながら母にPCの画面を見せ
「そのことだけどね、今ネットで画像検索をしたら
シベリア急行のトイレの写真が出たよ。
これを見る限りそうひどいトイレじゃないよ。
しかもトイレは日に数回掃除されるらしいよ」
おのれグーグル画像検索!
基本三成君に弱い我が家の秀吉殿は
これでころりと白旗を上げ
「そうねえ、これなら私、頑張れそうよ」
・・・よし!ならばここは本丸三成君の
弁慶の泣き所、道徳心を攻めてやれ!
「しかしねお父さん、道中万一何かの事件に
巻き込まれてしまったら、場所が場所だけに
多くの方に手間をかけることになりますよ」
「うーん、でもロシアが他の地域に比べて
特に危険だってこともないだろう?」
「どうでしょうね、プーチン大統領の強権に
反発する各地域の独立派が
隙さえあれば人質をとりたがる可能性は
ゼロじゃないんではないでしょうか」
「でもなあ、それはもう個人じゃ
どうこうできない話だからなあ」
隣から母が神妙な声で
「そうねえ、でも確かに国に迷惑はかけたくないから
そういう時はなるべく痛くない方法でよろしくって
早いうちにこっちから
お願いするしかないんじゃないかしらねえ」
「いや、そういう話じゃなくてですね!
だいたい何です縁起でもない!
おふたりの子供および親族一同はやはり
お二人の無事と長寿をお祈りしているわけです。
それらを自ら手放してどうするんです、と
そういう気持ちがこちら側にはあるわけです!」
私の熱い弁説を黙って聞いていた父がここで
「いや、でもね、それを言うならね、
お父さんは子供の時、そうだな、
10歳とかそれくらいかな、それくらいの時に
『長く生きられてこの人生は50年だな』って
もう納得したところがあるからね、
だからもう今の時点で十分長生きなんだよ」
「ななな何の話ですか!」
「ほら、お父さんは戦争経験者だからさ。
当時の同級生と同窓会で会うと皆言うもの、
『こんなに長生きするとは思わなかった』って。
それでね、皆この年になると白状するんだよ
『実はかなり大きくなるまで寝小便をしていた』って。
もう当時は悪夢にうなされるなんてもんじゃ
なかったからね、空襲とか体験しちゃったら」
「あれ、東京の大空襲はもっと下町のほうでしょ。
あとお父さんはその時疎開していたのとちゃうの」
「疎開したのはその後。で、東京空襲で
有名なのは下町空襲だけど、こっちのほうも
しっかり焼かれたんだよ。あれって本当に
前後左右四面が火の壁になっちゃうんだよ、
あの火に囲まれた時の光景は忘れられないね。
もうどうしようもない、絶望あるのみだもの」
「は?お父さん火の壁経験者なの?
・・・そこからどうやって逃げたのよ?」
「それがさ、そこらへんぶっつり記憶がないんだよ。
とにかく気がついたら母親、つまり
お前のお祖母さんの手を握って
火の手の弱い方に向かっていたんだよね」
「お・・・おう」
「そしたらさ、歩いていくうちに道端に
消防車が停まっているのが見えたんだよ。
お前のお祖母さんってほら、ああいう人だったろ?
当時は若くてもっとアレだったんだよ、だから
つかつかっと消防車の前に歩み寄ると
『火元はどこどこです。消火に向かってください』
って正面から相手に言ったんだよ」
「ああ、見えるようです・・・で?」
「そしたらさ、それを言われた消防の人がさ、
『奥さん、消防車はここにあります、でも
消防車を動かすガソリンがないんです』。
あの言葉も忘れられないよね。
消防車はあってもそれを動かす
ガソリンがもうなかったんだよ」
「・・・」
「だからどう転んだって自分たちは
年は取れない、50までは生きられないって
それはもう常識としてそう考えるよね。
そこからするとお父さんはもう
すごく長生きしている勘定になるんだよ」
「・・・そ、そうか・・・」
「そうなんだ、で、どう思う、
やっぱりこういう旅行見積もりは
複数の代理店から取った方がいいかなあ。
今回お願いしたところ、仕事も早いし
丁寧だしで悪くないんだけど、
一応他社の見積もりと比較すべきと思う?」
いたずらに馬齢を重ねたもやしっ子は
三成君の達観に完敗しました。
父よ、長生きしてくれていて何よりです。
しかしこの感謝とその旅行計画は
別件として取り扱いたい今日この頃です
でもなあ、確かにロシアは
特に危険という訳でもないのかなあ
とりあえず生まれたての仔馬のように
小刻みに震えつつ事態の推移を眺めたいです
シベリア鉄道の旅に憧れる貴方も
それは何の拷問ですかという貴方も
お帰りの前に1クリックを
↓
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シベリア鉄道でユーラシア大陸を
横断する計画について
事の是非の判断は後回しとし
娘としてとりあえず私は
引き留め工作に出ることにした!
(ここまでのお話は昨日の記事をご覧ください)
将を討たんと欲すればまず馬ごと一刀両断、
ここは父(イメージ武将:石田三成)よりも
母(イメージ武将:豊臣秀吉)を
落とすに限る、と敵陣を見極めた私は
「お父さんは乗り気のご様子ですが、お母さん、
ここは不安を正直に吐露してくれて構わないのよ。
シベリア鉄道、なんでも駅名に英語表記もなく
車掌さんもロシア語しか話せないという噂、
万が一を考えるとそれは怖くて当たり前」
「でもね、三成さんはこの計画を
すごく楽しんで練っているみたいだし」
まったく昭和の時代の夫唱婦随精神が
根底にあるご婦人にはまいったものです!
よし、ならば戦術を変えよう、オーウェルの
『1984年』に倣うまでもなく、人間
愛は愛で大事だが苦手なものは絶対苦手だ!
「でもねえ、お母さん、お母さんってきれい好き、
日本国内のホテルに宿泊する際にも
『トイレの除菌クリーナー』を携帯する程度には
潔癖症のケがあるほうでしょ?
私が本で仕入れた知識によりますと、ロシアって
トイレがあまり美しくない国らしいですよ」
「・・・え?そうなの?」
「そうそう、私のこの知識は主に
元ロシア語通訳その後作家の
米原万里さんの著作によるものですが、
便器を便器として使用しない利用者が
かなりの数存在するとのこと、
そんな地域の鉄道トイレ状況など
想像するだけで心拍数が上がりますよね」
私の作戦は功を奏し、母はその後
『自分は日に数回
便座に座らねばならないところ
三成さんは基本立って問題を処理できる、
これは不公平ではあるまいか』と
変な方向にねじくれはじめ、
よし、これでこの勝負はもらった、と
私がそっと拳を固めていたその時、
わが父がにこにこしながら母にPCの画面を見せ
「そのことだけどね、今ネットで画像検索をしたら
シベリア急行のトイレの写真が出たよ。
これを見る限りそうひどいトイレじゃないよ。
しかもトイレは日に数回掃除されるらしいよ」
おのれグーグル画像検索!
基本三成君に弱い我が家の秀吉殿は
これでころりと白旗を上げ
「そうねえ、これなら私、頑張れそうよ」
・・・よし!ならばここは本丸三成君の
弁慶の泣き所、道徳心を攻めてやれ!
「しかしねお父さん、道中万一何かの事件に
巻き込まれてしまったら、場所が場所だけに
多くの方に手間をかけることになりますよ」
「うーん、でもロシアが他の地域に比べて
特に危険だってこともないだろう?」
「どうでしょうね、プーチン大統領の強権に
反発する各地域の独立派が
隙さえあれば人質をとりたがる可能性は
ゼロじゃないんではないでしょうか」
「でもなあ、それはもう個人じゃ
どうこうできない話だからなあ」
隣から母が神妙な声で
「そうねえ、でも確かに国に迷惑はかけたくないから
そういう時はなるべく痛くない方法でよろしくって
早いうちにこっちから
お願いするしかないんじゃないかしらねえ」
「いや、そういう話じゃなくてですね!
だいたい何です縁起でもない!
おふたりの子供および親族一同はやはり
お二人の無事と長寿をお祈りしているわけです。
それらを自ら手放してどうするんです、と
そういう気持ちがこちら側にはあるわけです!」
私の熱い弁説を黙って聞いていた父がここで
「いや、でもね、それを言うならね、
お父さんは子供の時、そうだな、
10歳とかそれくらいかな、それくらいの時に
『長く生きられてこの人生は50年だな』って
もう納得したところがあるからね、
だからもう今の時点で十分長生きなんだよ」
「ななな何の話ですか!」
「ほら、お父さんは戦争経験者だからさ。
当時の同級生と同窓会で会うと皆言うもの、
『こんなに長生きするとは思わなかった』って。
それでね、皆この年になると白状するんだよ
『実はかなり大きくなるまで寝小便をしていた』って。
もう当時は悪夢にうなされるなんてもんじゃ
なかったからね、空襲とか体験しちゃったら」
「あれ、東京の大空襲はもっと下町のほうでしょ。
あとお父さんはその時疎開していたのとちゃうの」
「疎開したのはその後。で、東京空襲で
有名なのは下町空襲だけど、こっちのほうも
しっかり焼かれたんだよ。あれって本当に
前後左右四面が火の壁になっちゃうんだよ、
あの火に囲まれた時の光景は忘れられないね。
もうどうしようもない、絶望あるのみだもの」
「は?お父さん火の壁経験者なの?
・・・そこからどうやって逃げたのよ?」
「それがさ、そこらへんぶっつり記憶がないんだよ。
とにかく気がついたら母親、つまり
お前のお祖母さんの手を握って
火の手の弱い方に向かっていたんだよね」
「お・・・おう」
「そしたらさ、歩いていくうちに道端に
消防車が停まっているのが見えたんだよ。
お前のお祖母さんってほら、ああいう人だったろ?
当時は若くてもっとアレだったんだよ、だから
つかつかっと消防車の前に歩み寄ると
『火元はどこどこです。消火に向かってください』
って正面から相手に言ったんだよ」
「ああ、見えるようです・・・で?」
「そしたらさ、それを言われた消防の人がさ、
『奥さん、消防車はここにあります、でも
消防車を動かすガソリンがないんです』。
あの言葉も忘れられないよね。
消防車はあってもそれを動かす
ガソリンがもうなかったんだよ」
「・・・」
「だからどう転んだって自分たちは
年は取れない、50までは生きられないって
それはもう常識としてそう考えるよね。
そこからするとお父さんはもう
すごく長生きしている勘定になるんだよ」
「・・・そ、そうか・・・」
「そうなんだ、で、どう思う、
やっぱりこういう旅行見積もりは
複数の代理店から取った方がいいかなあ。
今回お願いしたところ、仕事も早いし
丁寧だしで悪くないんだけど、
一応他社の見積もりと比較すべきと思う?」
いたずらに馬齢を重ねたもやしっ子は
三成君の達観に完敗しました。
父よ、長生きしてくれていて何よりです。
しかしこの感謝とその旅行計画は
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でもなあ、確かにロシアは
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万里さんの名調子で
ショスタコヴィッチの悲劇が語られるのは
この本だったと記憶しています、
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こういうものを携帯する賢婦人、
それがわが母です
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なんか順番がおかしくなっちゃったけど
これが名作『1984年』
3日くらい気持ちが
落ち込むことを覚悟してお読みください