それにしてもエジンバラのタトゥーは
エンタテイメントとして素晴らしいよなあと
昨日の自分の記事を読み返しながら
ぶつぶつ呟いておりましたら
(ちょっと危険な香りのする図ではある)、
夫(英国人)がひどく学究的な眼差しをして
「ねえ妻、僕は君のことを
反戦主義者で、銃規制派で、
湾岸戦争の開戦には当初から反対し、
『正しい戦争など存在しない』を
座右の銘にしている人間だと
認識しているんですが」
「うん、『戦争はよくない』は
今は亡き祖父の持論だったからな」
「そんな君がどうしてある種の
軍隊の示威行動でもあるタトゥーには
そこまで肯定的なんでしょうか。
いや、これは嫌味じゃなく」
・・・ああ。
いえね、軍楽隊ってある意味
他の楽団には不可能な音楽を
奏でる集団だと思うんですよ。
戦争、つまり殺し合いという
人類がもっとも忌むべき行為から
目をそらさせる、
むしろそうした行為に兵士を駆り立てる、
そして戦闘の終わった後には
将兵達の心を慰める、
そうした力が
軍楽隊には求められると思うのです。
「戦争行為と音楽という芸術を
結びつけたこと自体が
そもそも罪深いことなのかもしれないが、
でもそういう背景を持つからこそ
ああした音楽は我々の本能に訴えかけ
人を魅惑してしまうのではないだろうか」
軍服も古来
美麗な作りが基本だと思うんですよね。
近代軍で将兵が
訓練を通して叩き込まれる
折り目正しい行進や
雄々しい挙措なども、つきつめれば
『民衆の間に存在する
戦争に対する嫌悪感を軽減しよう!』
との努力のひとつ、
と考えられないこともないかと。
「しかしご指摘ありがとう、
この件については
今後内省を深めたいと思います」
「いや、そんなに深刻に受け止められても」
「小説『レ・ミゼラブル』の
戦闘後のバグパイプの場面なんか、
私は素直にうっとりしちゃったもんなあ。
結局こういうのは私の思慮の浅さの表れか」
「いえ、僕はそこまでのことは言っていません」
なお、夫は私と違い
『正しい戦争は存在するのではないか』派です。
「英国がナチスと戦わない道を選んだら
世界はもっと悲惨な方向に動いていたと思う」
のだそうです。
ここらへんの議論は私と夫の間で
尽きることがないのですが、
でもやはりこの相違の根本には
直近の戦争で戦勝国になった国と
敗戦国になった国の違いがあるのかしら、
と私はこっそり思うわけです。
なお私の周囲には今なお
「Norizoは結婚前、
日本の海軍に所属していた」
という噂が根強く残っているらしいです
一応、真偽を確認されるたびに
「いや、それは愉快な嘘ですね」
と否定はしているのですが、同時に
「でもそれ、面白いので
他の人にも広めてくれると嬉しいです」
とか自分で言っているところが問題なのかも
海上自衛隊の皆様、すみません
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