宮崎勤死刑囚に
死刑が執行されたというニュースを
『NHKジャーナル』で聴きました。
途中で「当時の事件現場近くで
近所の人に話を聞きました」
みたいな流れになったのですが、
取材に答える人たちの声が
完全に「過去の事件」を
追憶する口調だったことに少々驚きました。
考えてみたらもう20年前の事件なので
それも当然か、と思った一方、
被害者の親御さんたちにしてみたら
事件はまだまだ昔話ではないのだろうな、
それこそ宮崎への刑が執行されようがされまいが、
「事件への区切り」「決着」なんてものは
まったく心情的につかないんだろうな、と
しばらく考え込んでしまいました。
ニュースデスクのマツモト氏が言ったように
「胸が悪くなるような異様な思い」を
すべての人間に与える
異常事件であったと思います。
『NHKジャーナル』ではこのあと
今回の死刑執行について
白鳳大学法科大学院長の
土本武司氏にインタビューをしていました。
この人は
「死刑制度は維持すべき」
と常日頃主張している人で、
この日のインタビューでも堂々と
「81.4%というこれだけ多くの国民が
死刑制度を維持すべきだと考えている以上
これを廃止すべきではない」
と言い切っていました。
私は個人的には
死刑制度は廃止したほうが
いいのではないかと思っているので
(でもなあ・・・
被害者感情を考えるとなあ・・・
という思いは当然あるものの)、
土本さんの発言を
けっこう斜に構えて聴いていたのですが、
途中でふと
「この人はほいほい犯罪に手を染める
馬鹿についても怒っているが、
同時にそういう馬鹿を
死刑にしろ死刑にしろと短絡的に主張する
世論についても怒っているのでは?」
と思いました。
近く導入される裁判員制度について
土本さんは
「裁判員になった人は
好むと好まざるとに関わらず
死刑と向かい合わなければならない」
「ところが一般の方というのは
死刑の執行について何も知らない
といっていい状態にあるのではないか」
と指摘。
そして少し語調を荒げて
「(裁判員は)死刑の言い渡しについて
自分自身責任を持たねばならない。
自分がこれから出す判決、
それも生きている人間を
国家が法の名において、殺す、ということ、
そういうきわめて重大な措置を
とることを決定する、ということ。
その内容がさっぱりわかってもいない
という状態では無責任すぎませんか」
「一般的に死刑囚は
どういうところでどういう生活をしているのか、
まさに一般的に
刑場の仕組みはどうなっているのか、
一般的に死刑執行の方法は
どういうふうにして行われているのか、
そういうことを
知らしめる措置がとられるべきではなかろうか」
このように主張したのです。
土本さんは、国民の多くが
死刑制度を維持すべきだと考えている以上
これを廃止すべきではない、と信じている。
「死刑問題は詰めていけば
それぞれの国のそれぞれの時代において
いかに多くの国民が
死刑制度を存続すべきだと考えるか
あるいは廃止すべきと考えるかによって
決すべきものであろう」
裏を返せば、国民の大多数が
死刑制度を廃止すべきだと主張したら
土本さんは死刑制度廃止論者になるのです。
つまりこの人は
死刑推進論者とか死刑絶対維持派とかではなく、
ものすごく法の精神に忠実な人なだけなのでは・・・
死刑囚の普段の生活とか
死刑執行の手順の詳細とか
執行に立ち会わねばならない人たちの心情とか
冤罪事件の可能性とか
「生きている人間を
国家が法の名において、殺す、ということ」
にまつわる諸々の事柄をすべて知った上でも
「81.4%」の人たちは
「死刑は維持すべき」と言えるのか。
言えるのならそれでいい。
しかしそういう背景をまったく知ろうとしないまま
「いいじゃん、犯罪者は死刑で。
あんまり気の滅入ることは聞きたくないし。
ほら、われわれは素人だしさ。
専門家がきちっとやってくれるんでしょ?」
という態度をとるのは危ういことだ、
それを貴様らわかっとるんか、
と土本さんは言いたいのではないか。
番組を聴いていた私は
そのように思ったのでした。
・・・私の勝手な思い込みかもしれないのですが。