わたしが見るにはこの夢は、
無謀すぎたのかなって思った。




 
 
わたしが見た壱岐島は
魅力的でキラキラ輝いていた。
 
 
古来、隣の対馬と外交の架け橋で
日本の始まりのロマンを感じた。
 
 
国境みたいな島だから
健康に日本が拡がればいいなと思ったし
壱岐島がピカピカしたら
日本全体も輝くだろうな、って。
 
 
すんごーく子供じみた大雑把な計画で
始まったわたしの壱岐島活性プロジェクト。
 
 
と言うか、そのプロジェクトを始める頃
1億円横領事件あたりで
腰抜けで弱ってフガフガしてたのに
そんな状態でも野望・願望は出てくるのかと
『まじかよー!』と驚いた。
 
 
こんな弱々しくて叶うわけないと思ってたんだけど、
事はどんどん進んでいってしまう。
 
 
どうなるのかわからなくて
心臓に穴が開くほど不安になって
眠れない時もあった(時々)

 

 

でも、不思議と誰かに支え続けられて

今、移住8年目に突入した。

 

 

わたしが休んでいれたのは

移住した最初の6ヶ月ほど。

 

 

東京の最後は

御まん託鑑定書を3,000人分をつくり抜いて

命かながら片道切符しか持たないで

島入りしたのを今でも覚えています。

 

 

隠居するつもりで移住したから

最初はとにかく何度も高熱を出しながら休んでた。

 

 

それで、ムクムクしちゃったんだよね。

 

 

買えた家でぬくぬくして

何も始めなければ良かったのにね。

 

 

それからずっとかれこれ7年、

ぶっぱしり続けてきて今やっと

息切れした気でいます。

 

 

運動は体育しかしたことがないくらい

まったく出来ないけれど

夢に向かう冒険の心の筋肉は

かなりあったようで今更息切れ。

 

 

なんかもう、

さすがに終わりかなと思ったけど

また助けられてカンパで500万円集まった。

 

 

たくさんの方が参加してくれて
もはやクラファンレベルになりました。
 
 
持ち前の、
子供じみた大雑把な夢も
見れなくなっていたから
胸熱メッセージや懐かしい名前に
すごく癒されました。
 
 
本当に本当に
心の穴が埋まったんだよ。
 
 
まだ空いているのかもしれないけれど、
数ヶ月前よりうんと変化した。
 
 
カンパは終了していますが、
いつでも振り返れるように
自分のためにブログに残しておきたいなと思って

個人情報のわかる部分は避けてUPしておきます。

 

 

わたしの物語の大事な大事な

スタートの章だと思っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
ありがとう!
 
 
吉野さやか