瑠香ですにっこり



出雲口伝の伝えるサイノカミは、クナト大神、幸(サイ)姫、サルタ彦大神の三神からなる出雲族の古代信仰と言われています。


そのうちのサルタ彦大神は=ガネーシャであるそうです。






個人的にガネーシャ大好きですピンクハート



鼻が長いガネーシャが日本に来て、天狗の容姿の猿田彦として表現されたと言われています。










子であるサルタ彦がガネーシャであるとすると、両親はシヴァ神とパールバティだと解釈できそうですが。



どうもそうではなさそうなんですよね。



いや、これも1つの説だって話で、いろんな解釈が出来るし。

結局はすべて繋がっているので「そうではない」とは言えないんですけどね。



ただの表現の違いでしかないというか。



でも、もしクナトとサイ姫がシヴァとパールバティでないとしたら、サルタ彦とは一体何者なんでしょう?





ここからは考察とまでもいかない、わたしの閃きによる直感的な妄想ではありますが。



興味のある方だけ、読み進めてくださいね。







猿田彦大神が何者なのかは諸説ありますが。


サルタの響きを感じてみたときに、


「サッタ」に似ているなと思ったのです。



サッタはサンスクリット語でサットヴァ。



サットヴァには衆生や生命あるもの、という意味があります。






サッタ(薩埵)が生命あるものという意味なら。

そして、もしサルタヒコがサッタヒコであるならば。




サイノカミの家族神は


夫 クナト→宇宙の拡大 

妻 サイヒメ→宇宙の収縮

子 サルタヒコ→具現化、現象化、物質、人、生命



って感じがするのです。



サイノカミの才は一般的に塞、才という漢字をあてますが(出雲口伝では幸をあててますが)



ほんとは “三位”なんじゃないか?


三位の神


三位一体


父、子、聖霊



キリスト教にまで繋がってきてしまう😳



え、猿田彦、キリスト??!









それから、もう1つ。


ガネーシャという名前は「ガナ(群衆)」の「イーシャ(主)」という意味から成り立つそうです。



群衆ってようはたくさんの人という意味ですから、サッタの「衆生」とほぼ同じような意味合いです。










男子の名前に使われる「彦」も、古代ではある程度の権威を持った人に使われる美称です。

なので、「主」と捉えてもいいのかなと。






音の意味からも適合しますね。



猿田彦=人々の主、首長



という意味があったのかもしれませんね。



インドから日本に渡り、出雲にたどり着いたドラヴィダ族の王はクナトだったのかサルタ彦だったのか。



どちらにしても、クナト大神とサイ姫は先祖神のような存在であり、サルタ彦はその後を継いだ首長なのかもしれません。







次回は猿田彦のご両親とアラハバキ神についても触れてみたいと思います。








余談だけど、今、マクロビ講座受けてるからか


サイノカミって宇宙のマクロとミクロとビオ(生命)じゃん!


という発想になって一人で沸いてます爆笑



マクロビ知らない人は調べてみてね。(興味があれば)