教訓を残す人生・・・・ | 美心メイクは‘自信をもつための魔法‘

教訓を残す人生・・・・

今日の日記は、完全、プライベート・・・・SATSUKIのひとり言ブログです


SATSUKIの2歳年上の従姉・・・Sちゃんが7日朝7時7分に急逝しました


そして、それから、彼女の実家、岡山に二泊、娘ひなたと お通夜、告別式と無事に終えて

さきほど、帰宅いたしました


Sちゃんに、最後に リップメイクをしてお見送りしたSATSUKI


Sちゃんは、肝硬変の末期


葬儀で、友人葬だったので、いわゆるお坊さんは、いなかったのですが

故人と関係のある方が、導師で法華経を読まれたあとにされた挨拶が心に残りました


「Sさんは、短い生涯でしたが、Sさんらしい人生を生ききり

また、それゆえに、みなさんに多くの教訓を残してくださったと思います・・・・」


教訓を残す人生



Sちゃんは、自由に 好きなことをして生きてきたと思う


辛いことがあれば お酒を飲んでいた 不都合が起こると その土地を離れて行方不明になっていた


親戚が保証人になってあげた賃貸マンションの家賃を百数十万円滞納して、裁判沙汰になりかけて、泣きついて、その親戚に助けてもらい

さらに

その親戚が見かねて、温情をかけて、居候させてあげたら、恩をあだで返すかのように・・・120万のお金を盗んだことまであった・・・


警察に調べてもらったら、ATMでお金を引き出す姿が写っていて

動かぬ証拠がでたら、何も言わずに 居候していた家を飛び出していった


親戚だからという理由で、Sちゃんの親が返済するからと、謝る姿に、警察に届けずにいたのだが。。。

それきり、Sちゃんは その親戚の前から 姿を消す


次に、Sちゃんの居所がわかったのは、数年後


生活保護をうけて暮らしていたSちゃんが、肝硬変の末期で余命1年といわれて

親元に連絡がいったことが 判明した理由




SATSUKIが高校の頃までは、仲良く遊んでいた記憶がある


その後、私が大学の頃も、無職で、我が家に居候していたことがあった Sちゃん

私が試験勉強してる部屋で、私の横で、寝ていたSちゃんと一緒に 阪神大震災にあった記憶もある




お通夜、葬儀に ひなたと参列しながら人生を考えた・・・


どうして、いつから、Sちゃんは、たった35歳で肝硬変の末期になるくらい

病院にもいかずに、飲みまくる人生になってしまったのだろうか?



彼女の使命は ?


彼女の訃報をきいて、病院に駆けつけたときに、知的障害の方が三人来られた


「Sちゃんは 私たちの面倒をよく見てくれていた、Sちゃんがいなくなったら、遊びにいくところが無くなってさびしいな」っといわれていた・・


この方々にとって、大事な友人だった Sちゃん


使命のない人は いない


Sちゃんは、自由に生きすぎて

自由すぎて、苦しかったのかもしれない・・・・

苦しすぎて、自由に生きるしか道がなかったのかもしれない・・・・


Sちゃんが 居候していた数年 人を信じる気持ちと その難しさ、信じていたのに裏切られる苦悩

いろんな経験をさせてくれた Sちゃん


教訓を与えるために、あえて、そんな人生を選び、送ってくれたのだろうと、仏法の英知から考えて、納得してみる。


あなたの死を無駄にしないためにも、あなたの人生を真剣に考えてみました


Sちゃん、安らかにお眠りくださいませ


今度は、もっと 楽な 人生を演じて生まれて来てほしいと祈っています